視線

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朝夕に秋の深まりを感じさせる十月の始め。スタッフルームの窓から見える空には、水のように澄みきった藍色が広がっている。 けれど私の心境は、先の見えない不安と緊張で息が詰まりそうだ。 それもそのはず。今日から始まるのは、彼と同じ時を過ごすER研修。ついにこの日が来てしまった。 「今日から約三ヵ月、君たちの指導医を務める多田だ。ここは常に一分一秒を争うまさに戦場。やる気の無い奴は邪魔だ。弱音を吐いたら容赦なく摘み出す。いいな!」 見たからに体育会系。アメフトかラグビーが似合いそうな体形のこの医師は、以前アスペルギルス症患者が喀血した際に現れた救世主。悠希の判断力と手技に惚れこんで、一度は彼をスカウトしたERのスペシャリストだ。 そして、その強面のベテラン医師から圧死寸前の喝を受けているのは、横一列に並ぶ一年目と二年目の研修医、それぞれ三名ずつ。 一年目には悠希ともう一人の男性見習い医師。そして案の定ーーー 「やだぁ~。何でこんな怖い先生が指導医なの?摘み出すなんて野蛮よね。ね、悠希もそう思うでしょ?」 金魚の糞、天海陽菜乃が混じっている。これ見よがしに私の横に並んだ彼女は、自分の横に立つ悠希にコソコソと耳打ちをしている。 「別に~。だって言ってること当然じゃね?ここERだし」 「え~。私は本能的に受け付けない。教授に頼んで指導医替えて貰おうかな」 彼の素っ気無い対応にご不満な彼女。 はぁぁぁーーー!? 本能的に受け付けないから指導医を替えろ!?おまえは一体何様だ!!つーか、多田先生に聞こえるっつーの!! 噂には聞いていたが、絶句せざるを得ない彼女の姫態度。相変わらずの猫なで声が耳に障る。 頭脳は学年一位、二位を争うほど優秀らしいけど、こんな阿呆丸出しな女と結婚して良いの?それとも、この馬鹿さ加減が愛くるしいとでも言うのかしら? 呆れ返る私は嫌な緊張を覚えながらも、彼女越しに見える彼にチラリと視線を送る。
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