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あれは一之瀬さんが私のために手に入れてくれた物。きっと大金を使ってくれたに違いない。それが偽物だとしたら、彼の同級生も絡んで来て面倒な事になる。
――ああ、そうだ。一之瀬さん。今頃彼は私の事を心配して……
肩を優しく撫でてくれる悠希を見上げたその瞬間、一之瀬さんの顔が頭にちらついてチクリと胸が痛んだ。
私がこの人の女関係をどうこう言える立場じゃ無い。
彼は同じ職場の人間。当然、今後は容易に顔を合わせることになる訳で―――
「……麗香?どうした?」
黙り込む私の顔を見て首を傾げる彼。
「ううん、バッジの心配をしてたの。見つかると良いんだけど」
「もし見つからなくても大丈夫。俺が新しいのを用意してやるよ」
誤魔化す私にそう言って、腰を屈める彼が優しいキスを落とした。
触れられただけで全身を駆け巡る鮮烈な欲情。
頭で否定しても心に湧き起こる初めての情熱。
彼が与えてくれる熱を知ってしまった私の唇は、身体は、きっとまた彼を求めて疼いてしまう。
日常でも手を伸ばせば届く所に居て、私はこの欲情を抑えることが出来るのだろうか。
「ちゃんと真っ直ぐ歩けるか?やっぱり、下のフロントまで送る」
私の肩を抱いてゆっくりと扉に向かう彼。
何人もの女に分け与える優しさなのかも知れない。特別な何かを感じたのは私だけなのかも知れない。
だって、自分が一番戸惑っている。
こんな突発的な気持ちは、麻疹みたいなものなのかも知れないけれど……
「……うん、ありがとう。お願いするわ」
彼の肩にもたれ掛かり、複雑な感情を気づかれぬ様に秘かなため息を落とした。
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