招かれざる客人

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私と大御所様の鑑定?あの時、検体として使用したのは私と悠希の血液の筈。それなのに『 もう一度』ってどういう意味? もしかして、雅さんは私達に黙って関係の解析も行っていたの? 仮にそうだとして、今の雅さんの態度を見る限り真実を隠そうとしている。彼女が口を割っていないのに、どうして大御所様が秘密裏に行ったDNA鑑定のことを知っているの? 逃げ場のない静寂がズンと圧し掛かり、金縛りに遭ったように硬直する体。冷たい汗が滲み出るのを感じる。 悠希の反応を確認しようと思うけれど、正面から投げられる視線の糸に(はりつけ)にされ、眼球すら動かせない。 「御父様、何を仰っているんですか?何故そのようなDNA鑑定が必要なのですか」 雅さんの上擦った声が沈黙を解いた。 「そうだよ。何を勘ぐって一人で暴走してるのか知らないけど。これ以上、あなたの世迷い言に付き合ってる暇は無いから」 悠希が怪訝を孕んだ口調で言った。けれども老人は返答をせず、レンズを介して私をひたすらに見つめている。 大御所様が待っているのは私の口から放たれる言葉。彼の思索がまるで読めない。何を考えているのか、どこまで知っているのか―― 彼の思惑はどうであれ、いつまでも口を閉ざしているのはあまりにも不自然。裏をかいて「YES]と返せば万事休す。ここは悠希達に(なら)って「NO」と誤魔化すしかない。けれど、それで逃げおおせるのだろうか。 心臓が破裂しそうな音を叩き鳴らしている。一か八かの覚悟を決めた私は、肺一杯に酸素を流し入れ、彼を真っ直ぐに見る。 「当時、母は大御所様を心から愛していたのだと思います。赤川ではなく、あなただけを――」 緊迫した空気の中に私の声が静かに響いた。悠希は予想だにしなかったであろう私の言葉を聞き、目を見張る。 「麗香、おまえ……」 「良いの。私自身のことだから」 焦燥感を伴う彼の声を止め、曇りのない眼でを見つめ直した。
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