祈りの声

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街灯の光が闇に沈んだ街をぼんやりと照らしている。不動の沈黙が横たわり、吹き抜ける風音が耳元で軋むように聞こえる。 渋面を作り対峙する二人。一之瀬さんから悠希へと、曖昧を良しとしない鋭い視線が容赦なく注がれている。 この暗澹(あんたん)たる空気の中に投げ入れる言葉など見つけられない私は、両の手で握った悠希の拳に目をやり、不安を胸に固唾を飲んだ。 「俺への嫌悪は理解しています。軟弱者と呼ばれても返す言葉が無い。貴方に対してそれだけの無礼を働いたと、自覚していますから」 悠希が沈黙を破った。沸々と湧き上がる感情を堪えているのか、丁寧な言葉の裏に怒気を感じる。 「けれど、俺自身を疑っているとはどういう意味ですか。俺が、俺の何を疑ってると言うんですか」 「君が思いあぐねているのは覚悟。この先、どんな障壁にぶち当たっても麗香だけは守り抜く。そう決断した際の覚悟だよ。それが今、香織さんが倒れたことで揺らいでいるんじゃないのか?」 「はっ?……何を言っているんです。揺らいでなんていませんよ」 「なら、訊き方を変えよう。君は今、自分が麗香にとって最も必要な存在であると、断言できるかい?」 一之瀬さんは平静な口調を崩さず言葉を継いでいく。悠希は自分に浴びせられる言葉の意図を探るように、眉間に集めた皺を一層深くする。 「これは僕の推測に過ぎないけれど。君は恐れているんじゃないの?麗香の心に巣くう母親への罪悪感と悔悟の念によって、自分の存在が排除されるかも知れないと。それを恐れているのに、君は抗う術も無く成り行きを見守るしかできないでいる」 「俺が麗香の中から排除される?それを俺が恐れている?……有り得ない。生半可な気持ちで一緒に居るわけじゃない。香織さんが倒れた今でも、俺たちは互いに必要とし、ちゃんと向き合っています」 侮蔑とも捉えられる辛辣(しんらつ)な言葉が癪に障ったのだろう。悠希は露骨にムッとして反発をみせた。 「へぇ、そう。でも、君は逃げてない?全力の限りを尽くして立ち向かうべき試練から。僕が言いたいのはね、そこなんだよ。本当に解ってるのかな。君たちは血の繋がった姉弟だ。麗香と向き合うということは、香織さんとも向き合うことだと」 「俺が、逃げてる?それは……」 悠希が突如として沈痛な面持ちを浮かべる。口を引き結び、何か言葉を飲み込んだのが分かった。
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