祈りの声

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「僕は香織さんの仕事のパートナーとして、今やるべきことをやる。彼女の意志を継ぐ者は僕しかいないと、絶対に事業を成功させると心血を注いで挑む。それが、香織さんが愛する人たち、香織さんを愛する人たちを守る手段の一つだと思うから。――悠希くん。臆病者では麗香を守れない。責任から逃げてはいけないよ。君がいま本当にするべきことは何か。胸に手を当てよく考えるんだ」 丁寧に繋いでいく言葉。悠希を(たしな)めるその口調は非常に厳しくもあり、優しい響きを含んでいた。 私と向き合うということは、母さんとも向き合うこと――どうして?どうして今、悠希にそんな言葉をかけるの?何故ここまで悠希を(とが)めるの? 一之瀬さんが込めてくれた慈愛に心を打たれながらも、頭に浮かぶ疑問符が複雑な感情を生む。 ふと悠希に目を向けると、彼は硬くした表情(かお)に深い苦悩を浮かべていた。強烈な葛藤が渦巻いているのが容易に見て取れる。 悠希……もしかして、一之瀬さんの言葉の意図を理解できているの?どうしてそんな苦しそうな顔をして―― 心配になって広い背中に手を伸ばしたその時、不意に一之瀬さんと交わした言葉が脳内に呼び起こされた。 それは、レストランで食事をしていた際の話題の一つ。一之瀬さんから普段は悠希と一緒に見舞いに来ているのかと訊ねられた時、咄嗟に私は嘘をついた。悠希が母に面会できないでいるとは、正直に言えなかった。――まさか、私の躊躇いに気づいて?だとしたら、一之瀬さんが悠希にぶつけた言葉の本意が解る。 苦渋を浮かべる悠希の肩にそっと触れ、一呼吸おいた後に一之瀬さんへと視線を伸ばす。 「一之瀬さん、もしかして磯崎さんから聞いたの?悠希の番号を教えたのも、磯崎さんでしょ?」 「ご明察。でも、彼は何も悪くないから責めないで。俺が事情を話してお願いしたんだ」 「うん、分かってる。責めるつもりなんて無いから」 大きく頷いて、苦し紛れに薄い笑みを返した。それを見届けた一之瀬さんは、私達との間合いを詰めるかのように一歩、二歩出て、悠希の顔を覗き込むように首を傾げた。 「その様子だと図星だったみたいだね、色々と。君はここへ来るべきではなかったと言ったけど、僕は来てくれたことに感謝しているよ。君のこんな悔しそうな顔を拝むことができたからね。大人気ないとは分かっていても、ぐうの音も出ない程に遣り込めて顔を歪めてやるのも悪くない。それが美形なら尚更にね」 一之瀬さんは徐に悠希が羽織るジャケットの胸元に手を掛けると、真顔を解いて不敵に笑う。 「……ああ、その心理は理解できます。予想通りの紳士ですね。ちょっと、安心しましたよ」 突然胸ぐらを掴まれた悠希は一瞬だけ驚きを見せたものの、項垂れていた顔を上げ、皮肉を口にしながら一之瀬さんを()めつけた。
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