第20話 未熟な心と体

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けれど放火に関していえば、人間はそんな簡単に復讐のために人を攻撃できる生き物ではないと思っていた。 そんな不確かな憶測のために、新たないじめや猜疑心が生まれることが馬鹿らしくて仕方がない。そんな話題に乗るのも嫌だった。 「菜々美が休んでるからか?」 「え?」 話の脈絡がつかめなくて、優馬は上ずった声を出してしまった。 その名を聞くだけで鼓動が早くなる。 「朝からずっと死にそうな顔してる理由だよ。菜々美が学校休んだくらいで、木戸優馬はいちいち、そんな風にしょぼくれちゃうわけ?」 「……そんなんじゃない」 優馬の隣の机に腰掛けて、じっとこちらを見ている草太の頬に、夕日が当たっていた。 口から出てくる言葉はそっけないが、その表情はいつも優しい。 そういえばいつだって、草太は自分の感情の変化を的確に読み取ってくれた。 8歳の、あの時もそうだ。 静かに蔓延する嫌な噂話とは別に、優馬をもっと悩ませている事が他にあることをちゃんと感じ取ってくれた。 『何かあったの?』 その救い上げてくれるような声色に、初めて優馬は、自分が弟に”実際に何かしたのかもしれない”という不安を打ち明けたのだ。 『優馬は弟になにか悪いことをするような奴じゃないよ。思い出せないのは、思い出さなくていいくらい、ちっぽけなことだったからだよ』 あの言葉に、どれだけ慰められたか知らない。 時々テンションが自分とかけ離れていて、そんな草太には戸惑ってしまう事もあるが、草太が傍にいるときはいつも安心できた。 いつも傍にいてくれるのが、当然のように思っていた。 「菜々美に、きのう酷いことしたんだ」 それは考えるより先に、自然と口からこぼれた。 そのことで、草太が自分を軽蔑するのではないかとか、そんなことを思うより先に、零れ落ちた言葉だった。 言ってしまった後、草太も菜々美が好きだったのだと思い出したが、もう遅かった。 殴られても仕方ない。 ギュッと手を握り締め、優馬は懺悔をする罪人の様に、草太に昨日の事を語り始めた。
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