142人が本棚に入れています
本棚に追加
ショックだった。
どうにも説明できない動揺が、冷静に考える気力を奪った。
優馬はもう誰もいなくなった校舎の階段をゆっくりと下りて行った。
さっきのあれは、本当に現実だったのだろうか。
まだどこかで「冗談だよ」と言いながら、草太が物陰から顔を出すのではないかと期待していた。
自分が菜々美に抱くのと同じ感情を、草太が自分に抱いているなどと。
やはりそんなこと、どう考えても理解することは難しかった。
「木戸。寺山と喧嘩でもしたのか?」
2階の廊下から、階段の途中に立ち止まったままの優馬を見上げる担任教師の顔があった。
また別の不快感が優馬を捉えた。
菜々美の相手がこの担任教師だと決まったわけではないが、一度そう思い込んでしまうと、どうしても払拭できない。
それなのに、面と向かって菜々美の事を訊くこともできない。
そんなことを口に出して説明すること自体、汚らわしいことに思えた。
「別に」
「別に……か。それって便利だよな。肯定でも否定でもない」
優馬は無視して2階まで階段を下りたが、行く手を遮るように松宮は優馬に正面から近づいてきた。
「寺山、泣きそうな顔して走って帰ったぞ。あいつ最近ちょっと気が立ってるみたいだな。なんか心当たりある?」
松宮のジャケットから、かすかに煙草の匂いがした。
校内のどこかで隠れて吸っていたのだろうか。教師のくせに。
教師らしくない。そうだ、この男は、全く教師としては最低の男なのだ。
女子生徒に手を出すくらい、平気でやってしまうのかもしれない。
「先生は何か、人に言えない秘密とか、ありますか? 生徒にも学校にも言えないこと」
唐突だとは思ったが、胸の中のもやもやを、すべてその質問に込めて目の前にいる教師にぶつけた。
優馬が菜々美にやってしまったことも、草太から聞いたショックな告白も、この教師には関わりのないことだと、頭の隅では分かっていた。
けれど、どこへも持っていき場のないモヤモヤは、煮えたぎったマグマの様に腹の中でどんどん熱を帯び膨らんできていたのだ。
「ああ、あるよ」
こともなげに、松宮はさらりと答えた。
優馬は顔を上げ、改めて担任教師を見上げた。
その表情はいつものホームルームの時と変わらず、感情が見えない。
最初のコメントを投稿しよう!