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「先生だって人間だからね。人に話したくない秘密の一つや二つ、あるさ」
どこか排他的な声。口元が、ほんの少し笑っている。
“聞き出そうとしたって無駄だよ。俺に関わって来るな” そう言っているように思えた。
この教師は当てにならない。ずっと自分はそう思っていたはずなのに、本当は心のどこかで、ちゃんと生徒を見守ってくれているのだと期待していたのかもしれない。
だから、安心して反抗的な言葉を吐けた。
けれど、それは間違いだったのかもしれない。
自分を見守ってくれる存在など、どこにもいない。
目の前にいるのは教師という名の、結局まったく相容れない他人なのだ。
不安と孤独が優馬を襲った。
どうしようもなく、胸がつぶれるほどの寂寥。
これは、あの絶望の続きなのかもしれない。
あの家庭訪問で、紀美子が『もう、どうしようもないんです』と言った時の、あの絶望の欠片がまだ至る所に散らばっていて、ゆっくりゆっくり、息の根を止めようと優馬を取り囲んでいるのだと感じた。
菜々美のことも、草太のことも、すべてそうなのだ。
もう、自分が居ていい場所など、この地上のどこにもないのかもしれない。
消えてなくならない限り、あの絶望の欠片はどこまでも優馬を追い、貫き続けるのかもしれない。
自分が一時でも大切な人に愛されていると思ったことも、命など引き換えにしたって、その愛情を守りたいと思ったことも、子供の甘っちょろい夢だったのだろうか。
絵空事なのだろうか。
月にウサギなんか、いないのと同じように。
もう何もかもがどうでもよくなり、鈍痛のする頭を抱えて階段を降りて行こうとしていた優馬を、松宮の声が引き止めた。
「木戸にはあるのか? 人に言えないことが」
のんびりと、事のついでに訊いてきたような声に、とっさに湧いてきたのは怒りだった。
「弟を、殺した事とか……ですか?」
「そんなことは言ってないだろう」
「そんな風に聞こえました」
「だったら、悪かった」
「殺したのかもしれません。僕は卑怯で嘘つきですから。きっと殺しておいて、都合よく忘れちゃったんです」
きっと担任は慌てて否定してくるのだろうと、心のどこかで思った。
そんなことを計算する自分に辟易したが、もうどうにも軌道修正できなかった。
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