第22話 拭えない孤独

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けれど、そんな優馬の葛藤も無視するように、松宮はまた別の質問を投げてよこした。 「ところで、木戸は自転車で夜中、出かけることが多いのか?」 「……え」 「1週間前の夜10時ごろ、宝田3丁目あたりを走ってなかった?」 「何でですか」 言いながらハッとした。宝田3丁目は、放火された岸田の家があった場所だ。 「いやあの夜、木戸によく似た中学生が現場付近をうろついてたのを見たって私の所に言ってきた生徒が居てね。 めったなこと吹聴するなって厳しく釘を刺したところだったんだ。警察も、目撃証言を躍起になって集めてるところみたいだし。変な誤解が広まったら大変だから、きっちりしておこうと思って。 行ってないよな」 胃が何かにぐっと掴まれたような苦痛があった。そこに詰まっていたどす黒いものが、喉元までせり上がる。 視界が揺らいだ。 自分は今、担任教師に放火犯として疑われているのだ。 放火殺人をしたのかどうかを、訊かれているのだ。 「行ってません」 「そうか。ならいいんだ。変なこと聞いてすまなかった。忘れてくれ」 優馬は無言で松宮の横を通り過ぎながら、心の中で叫んだ。 “死んじまえ” それは自分のものとも思えない、汚らしい心の声だった。 けれど確かに本心だった。 『人は、人に生まれて来ちゃったから、もう天使にはなれないのよ』 菜々美のあの日の、諭すような柔らかな声が蘇り、目が霞む。 この目が、この耳が、この口が。 すべて閉ざされてしまえばもう、こんなに苦しむことはないのだろうか。 優馬は頬を伝い落ちる涙を乱暴に拭って、校舎を後にした。 けれど自分の帰る場所がどこなのか、優馬には分からなかった。                                          ***
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