第22話 拭えない孤独

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木戸優馬が走り去った後の廊下を、松宮はしばらく無言で見つめていた。 いつもは見せない優馬の険しい表情に、言い方が悪かっただろうかと少しばかり反省した。 けれど言ったことに後悔はない。 もっと敏感になれ。 身の回りに注意しろ。 取り返しのつかないミスをする前に、自ら回避しろ。 それを伝えたかった。 たぶんあの少年は自分をうまくコントロールできずにいる。 本来のやわく優しすぎる性格が災いする。 もっと突き詰めて自分を探れ。耐えられない記憶を消去するなどという特異なことを無自覚でやっているのだとしたら、その危険性にもっと向き合うべきなのだ。 人間は臆病で卑怯な生き物だと割り切ることを、きっとあの少年は拒絶している。 そうやって、自分に関わるすべての穢れから目を背けてしまう。 醜い自分を許す気持ちが生まれればきっと、避けている5年前の、弟との最後の時間の事とも向き合えるはずだ。 目を逸らしたって結局は、どこへも進めないのだから。 松宮はそんなことを思いながら一人、ニヤリと口元をゆがませた。 まるで自分に言い聞かせているようだ……と。 いっぱしの教師面して生徒を指導するふりをして、自分はここで何をしているのかと。 「松宮先生…。さっきのはあんまりだと思うんですけどね」 いつからそこにいたのか、養護教諭の大沼女史が、少し離れた廊下の端からじっとこちらを見ていた。 優馬とのやり取りを聞いていたのに違いない。あきれた表情でこちらを睨んでいる。 正義感の強い潔癖症は、どうしてことごとく自分を目の敵にするのか。 なにか「不謹慎」を察知するレーダーでもあるのかと思うほど、この大沼は松宮を警戒しているように見えた。
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