第22話 拭えない孤独

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「そうですね。ちょっと配慮が足らなかったかもしれません」 「ちょっとどころじゃないですよね。あの年代はとても敏感で難しいんです。松宮先生は担任をなさってるくらいだし、私が言うまでもないと思いますが」 「向いてないですか」 「そこまでは言ってません」 大沼女史は苦い表情を浮かべた。 「だったらよかった。こう見えても僕は、生徒にめいっぱい愛情を持ってますから。お見せできなくて残念です」 「そう。安心しました」 少しも安心した風でない冷ややかな言葉を残し、大沼は職員室のほうに去って行った。 まるで、長く話していると、不謹慎がうつるとでも言いたそうな表情のまま。 更に嫌われてしまったな、と、松宮は肩をすくめる。 『お前はどうも、人に好かれる口の利き方を知らないようだな。それじゃあ女の子にモテないぞ』 子供の頃の自分に、父親が掛けてきた言葉をふと思い出し、少し笑ってみた。 本気で愛してもいない女性をその気にさせて結婚したあんたが、いったい何の説教だと。 『あの人のことは、人間としてちゃんと愛してたよ』と、言い訳のように言ったのは、本心だったのか、嘘の上塗りだったのか。 幼い子供にしか欲情しない男のDNAが、この身に入っているという事がどれほど苦痛だったか、あの能天気な男は知っているのだろうか。 そして自分の息子もまた、自分の感情が常人と違うのかもしれないという不安を抱いていると知ったら、あの男は一体どんな顔をするのだろう。 “生徒に、めいっぱい愛情を持っていますから”  大沼女史に言った言葉に偽りはなかった。 ただそれは、正常な域を越していないか、判断が難しいほどの強い愛情だった。 まだあどけない少年の純粋に惹かれて行く感覚が、単純に人間としての愛情なのか、忠彦の様な特殊な感情なのかが判断できず、そのことが常に不安だった。 時に、嫌われるほどそっけない態度を取ってしまうのもその反動に他ならない。 中学教諭になったのは自虐のつもりか、それとも修行のつもりなのか。 少なくとも、自分が何者なのか、答えを出してくれる職業ではなさそうに思えた。 自分もまた、自分と向き合うことから逃げている一人なのだ。 松宮は小さく息を吐くと、淡く闇に浸食されつつある廊下を、ゆっくりと引き返した。 ――――20時刻は17時45分。
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