第23話 危うい奔流

3/7
前へ
/185ページ
次へ
よく目を凝らすと、エンボスの凹凸は光を拡散する為のもののようだ。 ライトか?  咄嗟に思った。自分のものとは形状が違うが、自転車のライトに似ている。 そう言えば、優馬の自転車もライトが欠けていた。 自転車のライトは、そんなに簡単に欠けてしまうものなのだろうか。 目の前でケースごと欠片を転がしてみたが、じきにそんなことをしている自分が馬鹿らしくなった。 信夫のことなんて、別段どうだっていいのだ。何をしようが、どんな思いで生きていようが。 そんなどうでもいいことで今現在の落ち込みを紛らわそうとしている自分自身に、なにより嫌気がさす。 頭を冷やしたくて外に飛び出し、どこへ行く当てもないのに、自転車を走らせた。 ごちゃごちゃした駅方面に向かう気にもなれず、人気のない開発予定地の、雑木林沿いを走ってみる。 必然的に、あのモーテルの前の道に出た。ここ数日のことが脳裏をよぎり、胸がぐっと苦しくなった。 相変わらず、黒塗りの木造洋館は、威圧感をもってそこに佇んでいる。 けれど、今日は少しばかり周囲の様子が違っていた。 業者らしいトラックが敷地内に止まっており、作業着の男が二人、正面のバリケードのチェーンを外し、中の様子を確認している。 「どうかしたんですか?」 草太が訊くと、人の良さそうな50がらみの男が答えてくれた。 「更地にすんだよ」 「え。ここ、つぶしちゃうんですか?」 「ああ。子供が入り込んで危ないってんで、市から再々注意受けてたみたいでさ。ほら、あんたくらいな小僧っこがチョロチョロ入るんだよ」 男は冗談っぽく笑って続けた。 「使えるものがあったら好きにしていいって家主が言うもんで、ちょっと覗いてみてたんさ。ま、あんまりなんもなさそうだけどな」 「入って、調べたんですか?」 草太の声が、緊張で上ずった。 「いや、また明るい時に出直すよ。解体も今日明日ってもんじゃないしな。 なんだ、入ってみたかったか? 色っぽいオモチャはないぞ? ラブホって訳じゃないから」 もう一度男は、ガハハと笑った。 「あの、ここの家主って」 「家主?」 「松宮さん……ですか?」 「ああそうそう。松宮って人だよ。更地にしてもこんな土地売れやしねえし、税金ばっかりかかって、大変だわなあ」
/185ページ

最初のコメントを投稿しよう!

142人が本棚に入れています
本棚に追加