第23話 危うい奔流

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口の軽い中年男はそれだけ言うと、もう一人の作業員を振り返った。 「しっかりチェーン巻いとけよ。こっからはうちの管理下になるんだ。入り込まれて悪さされたり、火でも付けられたら事だし」 「こんなもんに火をつける暇人はいないでしょう。いくら最近放火が頻発してるって言っても」 「うちの実家近くの家が放火されて、中学生の子供がひとり焼け死んでんだよ。ぴりぴりしちまうだろ、どうしてもさ」 草太はそれに反応し、聞き耳を立てた。 「えー。そうなんですか。あの宝田3丁目の? ニュースでやってましたね。割とすぐ消されたのに死人が出たんですよね。かわいそうに」 「火よりも煙だよな怖いのは。帰ってすぐの所を巻かれたらしいぜ。うたた寝でもしてたんだろうな。あの辺の古い木造住宅なんてそりゃあ今の季節、焚き付けみたいなもんだし。マッチ一本で燃えちまうさ」 「やめてくださいよ~そんな言い方」 困ったように交わす作業員の声を聞きながら、草太の頭の中では、その住所が文字になって浮かび上がっていた。 宝田3丁目。間違いなく岸田の家の住所だ。 けれどつい昨日、その住所の印字を、この目で見た。 信夫に届いた督促状の送り主。 街金の住所だ。 「草太?」 ふいに後ろから呼び止められて、考えを巡らせていた草太はびくりと跳ね上がった。 信夫が小さなビニール袋をぶら下げて、ニコニコしながら草太を見ている。 同時に先ほどの業者の軽トラックがモーテルの敷地内を出ていき、排気ガスの嫌な匂いが辺りに立ち込めた。
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