第23話 危うい奔流

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「草太、こんなところでどうした。どこか友達の家にでも行くのか?」 なんの陰りもない信夫ののっぺりした笑みが、あまりにも今の心情と合わず、身勝手な苛立ちが草太の中に込み上げてきた 「別に」 「今日は優馬君とは一緒じゃないんだな。クラブが違うのか?」 笑みを浮かべたまま、信夫はゆっくり草太のまたがっている自転車に近寄った。 視線が心なしか、ライトに注がれたような気がした。 「いつもあいつと一緒に居るわけじゃないよ」 声がいつになく、低く尖る。 「ああ、そうなんだ。でも、幼馴染で一番仲がいい子なんだろ? またうちに連れてくるといい」 「優馬優馬って! なんでそんなに優馬にこだわるんだよ!」 「こだわってるわけじゃないよ。草太の仲のいい友達だから、またうちに…」 「あそこはノブさんのうちじゃないよ。あそこは寺山の家だ。ノブさんの家じゃない!」 胸の汚泥を吐き出すように叫んだその言葉は、明らかに信夫の表情を固まらせた。 その表情の変化は、あからさまだった。 今までそんな言葉を信夫に投げつけたことも、投げようと思ったことも草太にはなかった。 けれど、一度あふれ出した言葉はもう止めることが出来なかった。 鬱屈した感情が更なる興奮を伴って、刃物のように口から放出された。 「あそこは僕と母さんの家なんだ。誰を呼ぶのだって、ノブさんに指図されたくないし。俺の友達のことにもいちいち干渉しないでよ!」 「それはそうだけど……。でも、僕は京子さんと」 「まだ家族なんかじゃないだろ。家族だって言うんなら…家族になろうっていうんなら、なんで仕事サボってウロウロしてんだよ」 「仕事ならちゃんと行ってる」 「昨日も今日も体調悪いって帰ってきてんだろ? 体調悪いやつがなにやってんだよ、こんなところで。その袋なんだよ。駅前のパチンコ屋にでも行ってたんじゃないのか? ギャンブルは一切しないって、約束したんじゃなかったのか?」 「草太、どうしたんだよ、いったい」 風に乗って、遠くから救急車と消防車のサイレンが聞こえる。 この雑木林の裏の国道からだろう。 自分たちとは関係のないはずのその音が、訳も分からず草太を不安にさせ、焦らせる。
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