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菜々美自身は、忠彦と松宮が親子であることを特別意識して過ごしてはいなかった。
その事実を知ったとき、その偶然に驚いて笑ってしまったのは確かなのだが。それだけだ。
ただ、余計な口出しをしてくるなと牽制の意味を込めて、松宮を時々睨んでしまう事はあった。
松宮が何を思って容認しているのかは分からないが、その部分は有難いと思った。
担任であろうと、息子であろうと、義姉であろうと立ち入らせない。
ここは自分たちの神聖なテリトリーなのだ。
急に外から入る風がヒンヤリと感じられた。
忠彦に風邪をひかせては大変だ。
10センチばかり開いていた窓をしめようと起き上がった菜々美の傍で、携帯の着信が鳴った。
どうでもいいセールスメールだったのですぐさま削除する。
最近は、大切なメール以外を携帯に残しておきたくなくて、なるべく消去するようにしていた。
友達からの連絡メールも、用が済めば削除。自分の返信も含めて。
もしも自分が今死んでしまったとして、いらないものを残しているのはなんだか気持ちが悪かったのだ。
結局ロックをかけて残しているのは、ほんの数件。
その一つが、昨日の晩に届いた、優馬からのメールだ。
《菜々美、ごめん。ぼくは 》
そんなところで切れていた。たった、それだけの文章。
きっと悩んで悩んで悩みまくって、結局何も書けず、消そうと思ったのにうっかり送信してしまったのだろう。
その瞬間の優馬の動揺を思い浮かべると、なんとも可笑しくて可愛らしくて堪らなかった。
どうして男の子って、あんなに不器用なんだろうと。
気にしないでいいから、なんていう返信なんて、してやらない。
もう少し反省すればいいんだ、と菜々美は思った。
自分の不甲斐なさを。
私を慰めようだなんて思うのは100年早いのよ。同じ年の男の子が、私の居場所になんか成れるはずがないじゃない。
そう思いながら笑ったが、込み上げてきたものは涙に似ていた。
そんな優馬の不器用で純粋な優しさが愛おしい反面、今の菜々美の均衡を崩されてしまいそうな怖さも同時に湧きあがって来る。
そうだ。自分は今、怖くて仕方ないのだと気づかされる。
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