第24話 さびしくて

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-----18時20分。 微かに、風に乗って消防車のサイレンの音が聞こえた気がした。 優馬は少しばかり開いていた窓をぴたりと閉め、TVのボリュームを大きくした。 あのサイレンを聞くと、嫌でも燃え上がる炎を連想する。 なぜだろう、この頃、そのイメージは大きくなる一方だ。夢にまで見てしまうほど。 少し前、担任の松宮に放火事件の夜の所在を訊かれた時も、頭の隅に浮かんだ炎のイメージのせいで余計に動転してしまった気がする。 岸田の事件がそうさせるのかもしれないとも思ったが、夢を見るのは、その少し前からだ。 TVからは煩いほどにぎやかなタレントたちの笑い声が漏れているが、優馬の気持ちは少しも紛れなかった。 松宮に言われたことへの怒りよりも、そこで生まれた殺意に似た苛立ちが、優馬をどうしようもなく憂鬱にさせた。 たった一つの言葉のやり取りで、こんなに簡単に殺意が湧いてしまう自分の感情が恐ろしく、そしてショックだった。 自分を傷つけた他人に、死んで欲しいと思う凶暴な自分が確かに存在するのだ。 人間は人間に生まれてしまったらもう汚れて行くしかない。 あの日菜々美がそう言った時、優馬は心のどこかで否定していた。 それは、擦れてしまった人間の言い訳だと。 菜々美は、自分が堕ちていくことをそうやって慰めているのだと、どこかで思っていた気がする。 けれど今はちがう。 菜々美の言う通りなのだ。人間は純粋であり続けるなんて不可能なのだ。 「本当にごめんね優馬。遅くならないようにするから。晩御飯、大丈夫?」 喪服に身を包み、慌ただしく動き回りながら紀美子が声を掛けてきた。 ほんの数時間前、大学時代の友人の死を電話で知らされ、慌てて通夜に出かける用意をし始めたのだ。 葬儀場は隣町らしい。 「大丈夫だよ。お弁当でも買ってくる。遅くなっても、こっちの事は心配しなくていいから」 優馬は、目を逸らしながらそう言った。 喪服姿の紀美子を見るのは嫌だった。 直の遺影を抱きしめ、死んでしまうのではないかと思うほど泣いていた、5年前のあの日の紀美子を思い出すから。
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