第24話 さびしくて

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紀美子が出かけていくと、家の中はTVを付けていても冷気のような静寂で満たされた。 紀美子がもし、もう優馬と暮らすのが嫌だと養育を拒否したとしたら、自分はこんな風に、この冷たい静寂と一緒に暮らさなければならないのだな、とボンヤリ思った。 まだ若くて綺麗な紀美子が、こんなところで生きていかなければならないなんて、やはりどう考えてもおかしかった。 今日ね、街でナンパされそうになったのよ、と笑いながら話す紀美子は本当に可愛いらしかった。 紀美子を縛りつけているのが誰なのかは、痛いほどわかっている。 自分の可愛い赤ちゃんを殺したかもしれない、血のつながらない、中学生だ。 分かっている。 けれど。離れてしまうのは嫌なのだ。 そう。死ぬほど嫌なのだ。 優馬はゆっくりと立ち上がると、自転車の鍵をもって外へ出た。 特に空腹は感じていなかったが、コンビニへでも行こうと思った。 家の中の静寂が、気を狂わせそうな気がした。今夜は、特に。 外はまだ薄明るかったが、少し迷って自転車のライトを点けた。 いつの間にか欠けてしまったライトのカバーのせいで、路上に投影される光の形が(いびつ)だったが、特に問題はない。 住宅地を過ぎ、雑木林を後ろに抱えたあのモーテルの前に差し掛かると、優馬は速度を緩めた。 ここ数日の災厄は、すべてここから始まったようにも思える。 苦いモノが胸の奥に広がった。 何気なく入口あたりに目をやると、見慣れない白い看板が植込みの枯れ枝に括り付けられていた。 自転車に乗ったまま近づいて読んでみると、近々このモーテルを解体撤去するという知らせだった。 施工業者名と、その下に施主の名が書いてある。 松宮忠彦。やはり担任の松宮の家の持ち物なのだ。 そのことは予測していたし、菜々美の裸体を描いたのがあの担任であったとしても、もう自分が口を挟むことではないような気がした。 菜々美を傷つけてしまった自分には、その資格もない。 けれど見知らぬ業者の人間に入られて、あの絵を見られてしまうのはどうしても許せなかった。 菜々美がなんと言おうと、それは優馬自身の譲れない感情だった。
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