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「昨日もニュースでやってたな、3日前の岸田先輩の家の火事。放火らしいって言ってたけど、犯人まだ分かってないんだろ? どんな奴だと思う?」
朝のホームルームが終わり、担任の松宮が教室を出て行ったあと、優馬の隣の席の森田が小声で訊いてきた。
相変わらず担任の松宮は淡々としていて、今日も『体育館補修工事のため、屋内のクラブ活動は休止、あるいは移動になります。クラブのない生徒は、学校に残らずに速やかに下校するように』と、伝達しただけで、ホームルームを切り上げて行った。
あまりにも淡々としていて、2学期になってもまだ優馬には、松宮という担任の事が良くわからなかった。
他のクラスメートにも、あまり受けは良くないように思える。
中学の先生というものはそんなものなのだろうか、とも思うが、隣のクラスからはいつも笑いがこぼれてきていた。
「放火なのかな……。先月も別の街で放火未遂事件あったけど、あれは犯人捕まってたよね。大学生くらいの人だったって。…なんで放火なんかするんだろう」
優馬がそう言うと、森田がふざけた口調で返した。
「ムシャクシャして、やりました!」
優馬は勢いに飲まれて少し笑ってしまった。笑える話ではないと思いつつ。
そういえば昨日の夜、優馬の継母の紀美子が、『一軒家は物騒よね。こんな木造の家なんか、すぐに燃えちゃうもん。うちも気を付けなきゃ』と言っていた。
口調は冗談っぽかったが、強がりの紀美子も実際はやはり怖いのだろうと肌で感じた。
『じゃあ、避難訓練でもしようか』と言って紀美子を笑わせたが、胃が奇妙に痛み、なぜか優馬自身はうまく笑えなかった。
最近よく見る炎の夢を思い出してしまったせいかもしれない。夢にまで怯える気弱な自分にうんざりした。
もしも火事になってしまったら、自分は紀美子と、そしていまだに墓に入れるのを拒んでいる直の骨壺を持って逃げようと、真剣に思った。
たぶん紀美子が一番大事なものは、直の骨に違いないのだから。
紀美子はもう絶対に何も、大切なものを失ってはならないのだ、と。
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