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机の上に置いてあったプラスチックケースを持ち上げた指が、器用にその底蓋を開け、中から小さな欠片を取り出した。
その欠片を一度注意深く眺めた後、男はそれを自分のズボンのポケットに落とし込んだ。
他の持ち物も、もう一度確認し、改めて机の上を神経質に片付ける。
整理整頓をするのは得意だった。しなければ、落ち着かないと言ったほうが近い。
幼いころ、それを怠ったために厳しい祖母に何度も折檻された。
けれど、それも過去の事だ。
祖母にとってこの自分は、ろくでなしの息子が残していったお荷物だったのかもしれないが、その祖母も死んでしまった今となっては、そんなことはどうでもいい過去の記憶だった。
自分はもう邪魔者でも、お荷物でもない。
このマンションの一室に、誰もが羨むほどの愛の巣を作るのだ。
幼いころは祖母に鞭打たれながら強制された整理整頓だったが、身辺をきれいにすることは、やはり大切なことだ。
そして、これからする作業も、その整理整頓の一つに過ぎない。
数ある中の、一つ。
先ほどポストに届いていた街金からの督促状も、細かく刻んでキッチンのダストボックスに落とし込んだ。
ゴミの中でも一番汚らしいゴミを2日前、リビングのゴミ箱に捨てたのは失敗だった。
息子に見られてしまった。
最愛の息子は、人のゴミを覗き見るような無作法なことは絶対にしない。
本来優しくていい子なのだ。
その息子が、あんな野良犬のようなことをしてしまうのは、悪魔があの子に囁いたからに違いない。
ゴミやほこりや、少し懸念された雑菌を放置してしまったのは自分のせいだ。
きちんと、整理整頓しなければならなかったのだ。愛する息子や、愛おしい妻のために。
――――もっと早く。
男はもう一度自分の持ち物をチェックするとひとつ頷き、ゆっくりと玄関口に向かった。
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