第26話 咆哮

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自転車を走らせながら、草太はふと思いつき、方向を宝田3丁目に向けた。 信夫が借金をした街金があり、そして放火された岸田の家がある区画だ。 ビル壁面に看板を掲げた角谷ファイナンスは、なんの変哲もない普通の事務所に見えた。 普通に個人単位で金貸しをやっている、ごく普通の零細金融企業なのだろう。 そのまま通り過ぎ、自転車をゆっくり走らせていると、その筋の2ブロック先の角地に、まだ一部ビニールシートをかぶせられたままの岸田の家があった。 もう遺族は他へ移ってしまったのだろう。 寒気を伴う静寂がそこに淀んでいる。 火がつけられてから10分と経たぬ間に煙が充満し、岸田を巻き込んだらしい。 隣家を巻き添えにしなかったのは不幸中の幸いだと報じられていたが、この場に立つと改めて火災の恐ろしさをひしひしと感じる。 物言わぬ骸と化した廃屋の沈黙が不気味で、草太は逃げるようにその場から遠ざかった。 街金と岸田家が近いというのが、草太には恐ろしく気になった。 けれど岸田の家が街金をやっているというような話も聞いたことがないし、返済のトラブルで経営者宅を放火など、冷静に考えれば陳腐すぎる。 やはりどうかしている。信夫がなにか絡んでいると思うなんて。 第一、岸田の家に火をつけたのは、中学生くらいの子供だと噂されていた。 それくらいの時間に自転車で慌てて逃げていく少年を、この筋の老人が見たのだと……。 自転車と子供というワードが草太の中で、また別の嫌な音を立てた。 深呼吸をし、とりあえず頭を真っ白にしてから草太は自宅に向けて自転車を走らせた。 妄想を勝手に膨らませたって、埒があかない。 マンションに着くと草太は自転車を駐輪場に置き、ひとつ飛ばしに階段を駆け上がった。 飛び込んだ玄関は真っ暗で、信夫と顔を合わせるのが嫌だった草太は、少しばかりほっとした。 急いでリビングに置いたままの携帯電話を探す。 とにかく今すぐ優馬と話がしたかった。 優馬の声を今すぐ聞いて、この訳の分からない不安を払しょくしたかった。
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