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「でも今回のは、無差別的な放火魔の放火じゃなかったりしてな」
森田はそう続けた。
「なんで?」
「ほら、あの岸田先輩って、かなり評判悪かっただろ。俺の知ってる2年の先輩だって、金巻き上げられたって言ってたし。もしかしたら、もしかするんじゃない?」
「まさか」
とっさにそう言ったが、心のどこかで否定しきれなかった。
岸田という先輩を、知らないわけではなかったのだ。
体育館横の階段に友達と座っていたとき、『邪魔だ、どけ』と急に後ろから足で押され、5段下まで落ち、手のひらを擦りむいたことがある。一か月程前だ。
確かに恨みを買いそうな先輩ではあったが、いくら恨んでいても、そこまでできる中学生がいるだろうか。優馬は、もう傷の癒えた手をじっと見つめた。
1時間目の予鈴が鳴る。
英語の辞書を廊下のロッカーに入れっぱなしだったのを思い出し、優馬は廊下に出た。
「なあ」
うしろから声をかけてきたのは草太だった。
「え?」
「菜々美、どう思う?」
「なに? いきなり」
瞬間、今朝見た白い太ももが脳裏に浮かび、トクンと胸が反応した。
わざわざ、なぜ今そんな話をするのだろうと探るように草太を見たが、その表情は真剣だった。
「今朝も松宮の顔、食いつくように見てた」
「菜々美はそうやって話す人の顔をじっと見るよ。小学校のころから、そうだろ?」
優馬の答えに、それでも草太は釈然としていないようだ。
今日の草太は、やはりいつもの草太ではなかった。まるで質問の意図が見えてこない。
何よりも草太がそんな風にホームルームの間ずっと菜々美を観察していたことが、なんとなく胸にチクリときた。
そういえば、今朝もじっと陰から菜々美の姿を見つめていた。
自分が気づかなかっただけで、もしかしたら草太は、いつも菜々美を見つめていたのだろうか。
「なあ、優馬。お前も今日部活ないだろ? 用事がなかったら今日の放課後、付き合ってくれないか? 見せたいものがあるんだ」
その 「見せたいもの」 が、いいものであるという予感は、草太の表情から察するとゼロだった。
けれど優馬は軽い調子で「いいよ」とうなづいた。
断る理由は何もない。
嫌な予感よりも、草太の不可解な行動の訳がそこでわかるのかもしれないという好奇心のほうが、断然大きかった。
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