第27話 暗闇の中で

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東側の窓の床には、まるで外から街灯で照らしたかのように、四角く青白い月影が落ちていた。 満月の光って、こんなに明るいものだったんだ。 真っ暗なロビーに忍び込んだ優馬は、改めて驚いた。 けれど流石に屋内まで光は届かず、優馬は携帯の画面をライト代わりにしながら恐る恐る階段をのぼった。 裏口は、後から草太が入ってきやすいように扉を半分開けてある。 死角なので、表の道路から人に見られる心配もない。 木製の階段は、あの日は気づかなかった微かなきしみ音をたて、優馬を脅かす。 昔から暗いところが苦手で、父親や紀美子がいくら誘っても泣きべそをかいて、お化け屋敷に入ろうとしなかった。 臆病で泣き虫で、何度父親に笑われたか分からない。 多分今でもそれは、ちっとも変っていない。 ただ、今は菜々美の絵を破棄すること、その目標が優馬を奮い立たせていた。 もしも放置されていたら、何とかして細切れに破いてしまおうと考えた。 菜々美は大きなお世話というかもしれないが、あんな絵を絶対に他人に見せたくはなかった。 今は何とも思わなくても、きっといつか後悔する。 あんな絵を放置したことを。 あんな絵を松宮に描かせたことを。 残り少ない携帯の電池残量を気にしながら足元を照らし、3階にたどり着いた。 絵があったのは右手一番奥のあの部屋だ。 廊下を歩く間、試しに幾つかの部屋のドアノブを数か所回してみたが、どの部屋もきっちり鍵がかけられていた。 やはりあの部屋だけ松宮が物置として使っていたのだろう。 301号室は、今夜も拒むことなく優馬を招き入れた。 西側にあるため月明かりはほとんど入らなかったが、それでも外に一本だけある街灯のおかげか僅かに明るく、部屋の中の物の輪郭はつかむことができる。 さらに携帯画面の明かりがあれば、探し物に難は無かった。 真っ先にあの絵のあったあたりを照らしてみた。 あの日と同じように額縁が並んでいて、胸が僅かな緊張でざわめいた。 けれど近づいて一枚一枚確認してみたところ、あの菜々美の絵だけが、そこから消えていた。 建物を解体することに決めた後、松宮が隠し場所を変えたのだろう。杞憂だった。
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