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ほっとした気持ちが半分。自分の手で処分してしまえなかった悔しさが半分だった。
松宮はあの絵を処分してくれるのだろうか。
もうここからは自分が立ち入ることは出来ない。
自分はあの絵を見た瞬間から、自分の中の『性』に支配されてしまったんだと優馬はやっと思えるようになった。
ほんの少し前までは、『こんな苦しい気持ちになるのは菜々美を愛してるからなんだ。そうでなければ説明がつかない』と、自分の中の恥ずかしい情動を愛という名の純潔に置き換えて理解しようとした。
だから、コントロールを失いかけた。
自分があの絵に、ただ欲情してしまった情けないオスなんだと、今ならば理解できる。
だから自分がこのあと学校で松宮に絵の事を糾弾する資格も、権利も、勇気もないことは良くわかっていた。
菜々美にサヨナラを言われたのは優馬のほうであり、選ばれたのは松宮なのだ。
人間は天使になどなれない。
今は、そう思うことで少し気持ちが楽になった。
卑怯で、ずるくて、利己的で。でも、だからこそ憧れる。
純粋に人を好きになる事とか、自分を投げ出しても誰かを救いたい、守りたいとか言う想い。
胸の底がジンと熱くなって、込み上げてくる。
自分が本当に守りたい、ただ一人の女性の面影が胸の中に仄かに揺れていた。
1年前、月のうさぎの話を優馬に教えてくれた人。紀美子。
月のうさぎを羨む気持ちは、その日優馬の中に生まれ、今もこの胸の中で生きている。
優馬はもう取り繕うことをやめ、友達として、素直な気持ちを菜々美に伝えようとメール画面を開いた。
昨日のあの事を謝るよりも今は、どうしても伝えたいことがあった。
自分を許してもらわなくてもかまわない。
在り来たりな言葉だと鼻で笑われても、ウザがられても、今この瞬間どうしても菜々美に伝えたい気持ちだった。
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