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〈お願いだから、自分を大事にしてほしい〉
メールを送信したところでちょうど携帯の電池が切れてしまい、部屋は一瞬暗闇に包まれた。
外に設置された街灯のほんのわずかな明かりが、優馬の視界のすべてとなった。
けれど今は不思議と、少しも怖いとは思わなかった。
もうすぐここに草太が来るからかもしれない。
数時間前の、自分の失礼な態度をちゃんと謝ろう。あの時の自分はどうかしていたのだと。
失うかもしれないと思った大切なものは、きっとまたこの手の中に戻る。
そう思うと、柔らかな安堵に満たされた。
自分がいつも、「失う事」に怯えていたのだということを、痛いほど感じた。
突如、窓の外で大きな鳥の羽音が響いた。
あまりに驚いて携帯を取り落す。
窓の方を見たがもう何もいない。きっとカラスか何かが気まぐれに飛び立ったのだろう。
まだドキドキする心臓をなだめながら携帯を拾い上げ、ポケットに滑り込ませたその時だった。
部屋のドアが突き破らんばかりに勢いよく開けられた。
草太?
ほぼそう確信してドアを振り返った優馬だったが、次の瞬間、凍り付いた。
暗闇の中に微かに浮かび上がった輪郭は、明らかに別人のものだ。
声を出して、誰? と問う間も無かった。
頭部に鋭い衝撃を受け、そのまま床に叩き付けられた。
恐怖を感じる間も与えられず、次の瞬間には横っ腹を思いきり蹴りつけられ、息ができなくなった。
窓の外からのほんのわずかな明かりが、自分を見下ろす男の顔を浮かび上がらせたが、優馬には幻にしか思えなかった。その人がここにいる理由が分からない。
まるで決められた予定を淡々とこなす作業員の様に、男は2度3度、無抵抗に転がる優馬の腹を蹴り上げる。
―――信夫さん、どうして……。
もはや、それを問うことも、優馬には叶わなかった。
***
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