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「菜々美、菜々美どうしたんだ。何があった?」
必死にしがみつく菜々美の背をなでながら、忠彦が驚いたように訊いて来る。
小さな子供をあやす時のような、優しく温かい手だ、と菜々美は感じた。
けれど静子に投げられた罵声は、まだ菜々美の耳に鮮明に残っていて、拭っても拭っても剥がれ落ちそうに無かった。
「先生が好きなの。離れたくないの!」
冷静なつもりだったのに、声は無様に震えてしまった。
「全然おかしくないもん。私たち、ちっとも変じゃないもん」
「誰か来たのか? まさか静子さんが……?」
急に表情を曇らせた忠彦を見ながら、菜々美は慌てて首を横に振った。
「誰も来てなんかないよ」
忠彦はほんの少しの間、菜々美をじっと見つめていたが、困惑したように微笑んだ。
「じゃあ夢でも見た?」
菜々美が何も言わずに瞬くと、もう一度菜々美の頭をなで、体をベッドから起こしてぼんやり壁の時計に目をやる。
まだ忠彦自身がしっかり覚醒していない様子だ。
「ああ、もうこんな時間だ。菜々美、服を着なさい。昨日は家に家族が誰もいないからっていうことで泊めてしまったけど、やはりこんなことは辞めにしよう。いけないことだ」
「いけないことなんか何もしてないじゃない。傍にいて、話をして、笑ってただけよ」
「菜々美」
「あんな家にずっといたら私きっといつか気が変になって死んでしまう。安心して息ができるのはここだけなの。先生の傍だけなの。ずっとそばにいたいの」
「菜々美……、いったいどうした」
「何を言われたっていい、私先生の傍にいる。決めた! 私決めた!」
「やっぱり静子さんが来たんだね?」
「いいのあんな人、どうだって。私が先生の傍にいるから。明日から私が先生のお世話をする。学校なんて行かなくていい。家の連中なんて、私が帰ってなくても、気づきやしないんだから。知ってるでしょう?」
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