142人が本棚に入れています
本棚に追加
頬を伝うのは血なのだと、優馬は痺れる頭でぼんやり思った。
呼吸するたびに体を貫く痛みが無かったら、この状況を現実だと受け止めるのは難しかっただろう。
顔に当てられた懐中電灯の光のせいで目が眩み、さっき一瞬見たのが本当に信夫だったのか確かめることも出来ぬまま、優馬はただ床に転がっていた。
痛みがこれ以上突き上げないよう、浅く早く呼吸するのが精いっぱいだった。
苦痛で体は小刻みに震え、心臓は異常に早く鼓動しているのに、頭の芯はやはりどこか麻痺していて、別の誰かの惨劇を見ているような気がした。
不意に足音が顔の横に近づき、今度は頭を蹴られるのだと身を固くしたが、近づいてきた気配は優馬のジーンズの尻ポケットから何かを引き抜いただけで、また半歩離れた。
携帯を抜かれたのだ。
「草太に、喋っちゃったんだね」
酷く静かな、けれど沈み切った声が頭上から優馬に落とされた。やはり信夫の声だ。
意味が分からず優馬が黙っていると、再び質問が繰り返された。
「あの夜の事だよ。いつしゃべった? 実のところボク半信半疑だったんだけど。やっぱり君、あの夜全部見てたんだね。そりゃあそうだよね。だって君、ボクの顔見て死にそうに驚いてたしね。暗かったけど、あれが君だっていう証拠はあるよ」
だってほら、と信夫は自分のポケットから何かを慎重につまみ出し、そこにライトを当てた。
信夫の指の先に、何か分からない光る欠片があった。
「あの時ボクに驚いて、自転車ごと倒れたろ。電柱に当たって、そんときに砕けたライトの欠片だよ。さっき下に隠してあった君の自転車に合わせてみたら、ぴったりだった」
鈍く痛む頭で必死に思い出そうとしたが、やはりどこにもそんな記憶はない。
確かに自転車のライトは、いつの間にか欠けていた。
けれどそれは一週間ほど前の夜、紀美子の使いでコンビニに出た時、駐輪中にぶつけられて破損したのだと思っていた。
優馬は“何の事か分からない”と首を横に振ったが、喉の奥が震えて声が出てこなかった。
最初のコメントを投稿しよう!