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「火をつけたのは、あのガキが悪いんだよ。街金のビルから出てきたボクにあっちからぶつかって来たのに、まるで馬鹿にするように汚い言葉を吐きかけて行ったんだ。ガキのくせにアルコール臭かった。そんな奴に『借金するしか能のないクズ』みたいに言われちゃったらさ、もうキレるしか無いじゃない。後を追ったんだ。そいつん家こそ掃き溜めみたいに汚らしい家だった。
週刊誌やエロ漫画や壊れた傘や廃材が、庭の中だけじゃなく道路まで浸食してきててさ。吐き気がした。
自分の周りをゴミだらけにしてる人間は、ゴミと一緒なんだよ。おばあちゃんがそう言ってた。ゴミは、燃やすしかないんだって」
淡々と朗読するように話す信夫の顔は、優馬に向けられている懐中電灯のせいで見えなかったが、普通の精神状態ではないことは疑いようがなかった。
岸田家の放火の話なのだ。
自分は今、その犯行のすべてを打ち明けられているのだ。
衝撃を受けると同時に消魂した。
もうここから無事には帰れないのだという絶望。
そして、自分はまた記憶を消してしまったのだという失望。
自分がその犯行を見たという記憶は、どこにも残っていなかった。
けれどたぶん事実に違いない。プラスチック片をつまむ信夫の指先を見ながら、優馬は諦めのようにそれを受け入れていた。
「手の届くところの窓に触ったら難なく開いてね。ライターで火を点けた雑誌を放り込むと、中でぱっと何かに燃え移った。
面白くなってどんどん投げ込んでいってたら、君が通りかかっちゃったんだ。そして、逃げられた。
淡い期待をしたんだよ。もしかしたら君は、ボクが草太の父親だから見逃してくれるんじゃないか、とか。でもやっぱり甘かった。君は警察には言わないでくれたみたいけど、一番言っちゃいけない人に、ばらしたよね」
何も覚えていない。 何も覚えていないのに、誰かに話せる訳など無い。
優馬は必死に首を横に振ったが、信夫の目はそれを受け止めてはくれなかった。
「草太がこの数日おかしいのは、そのせいだったんだね。そうでもなけりゃ、あの優しい草太がボクにあんな暴言を吐く訳がないんだ。
もっと早く処理しておかなきゃいけなかった。ボクは馬鹿だ。思い立ったのが昨日の夜中なんだもんな」
まるで自分に言い聞かせるようにつぶやく信夫の声が、手に届く距離で聞こえてくる。
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