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この暴行で終わるのではない。ここから信夫の“処理”が始まるのだ。
胃が痙攣するように痛み、優馬はその場に何度もおう吐した。
そのたびに肋骨が悲鳴を上げ、苦しくて涙が出た。
分からない。 なぜ自分は、“忘れて”しまうのか。
信夫という男の本性とその狂気はもちろんだったが、自分自身が理解できず、そのことが更に恐ろしくて堪らなかった。
「何で言っちゃったんだ? 草太に。草太が悲しむのを見たかった?」
闇の中でガサゴソと物音をたてながら再び訊いてきた信夫に、優馬はもう一度首を横に振り、力の限り言葉を絞り出した。
「言ってません」
かすれた声が、何とか今度は信夫に届いた。
「本当? 本当にそうならうれしいな」
けれどそれは冷笑とともに返された。
「信じてなんかないけど。ボク、子供は嫌いなんだ。嘘つきで生意気で、世間知らずのくせに大人を小ばかにする。大嫌いなんだ。
ああでも、草太は別だよ。ボクの家族になる子だから。京子と草太は、この世で特別なんだ。宝物だよ。
ボクはね、いい家族を作りたいんだ。いつか草太にお父さんって呼んでもらう。子供と奥さんに愛されて尊敬される父親になるんだよ。そう思うと、元気が出てくる」
信夫の理想とその凶行はあまりにもかけ離れていて、優馬はその精神の破たんを改めて確信した。
狂っているのだ、この人は。
“その事件の日”からではなく、多分それがこの男の本質なのだ。
誰も今まで、そのことに気づくことが出来なかったのだ、と。
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