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モーテル『蒼月』は、わずかな街灯と月明かりの中で、いつもと同じように沈黙していた。
優馬の青い自転車を茂みの中で見つけた瞬間、草太の心臓はぐっと軋んだが、信夫のバイクがどこにも見当たらない事に少しだけ安堵した。
間に合ったのか、それとも自分の馬鹿げた早とちりだったのか。
裏口のチェーンが外されており、中に優馬が居ることは確かだったが、信夫と結びつけたのは考えすぎだったのかもしれない。
……そう思おうとした。
けれど、心の底では全く納得などしていなかった。
あの奇妙な優馬の返信メールは確かに存在するのだ。
信夫が関わっていないはず、なかった。
建物の中に入り込んで暗い通路を少し進むと、その嫌な予感は確信に変わった。
微かに異臭がする。はっきりとは分からなかったが、なにかが焦げるような匂い。
開け放たれたドアの向こうに目を向けると、ロビーの方で、懐中電灯のような光がちらりと動いた。
草太は暗闇の中を矢のように走り、そして走りながらやはり先ほどの判断は甘かったことを確信した。
バイクがない事と、信夫がここに居ないことがイコールになるはずがない。
何か、やましい事をしでかそうとする人間が、その場に車やバイクで乗り付けるはずはないのだ。
ロビーに駆け込むとすぐに、階段を下りて来る足音が微かに聞こえた。
草太は闇に溶け込んでいる木製の階段に飛びついた。
胃が捩じ切れるような不安と恐怖を必死に堪え、暗い階段を駆け上がって行ったが、踊り場の所で早くもその光源と鉢合わせることになった。
懐中電灯の鋭い光が草太を無遠慮に照らし、そしてその照らした本人の第一声が草太を絶望させた。
そこに一番居てほしくない男のものだった。
「草太……、なんでお前が」
「ノブさん、あんた何してんだよ! 優馬は? 優馬はどうしたんだよ。いるんだろ? なあ!!」
逆光で表情の見えない相手に、喉が裂けるほど声を張り上げて叫んだ。
ここで問いただしたい気持ちと、早く優馬を探しに行きたい気持ちとがせめぎ合い、気が狂いそうだった。
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