第29話 闇と焔(ほむら)と

2/6
前へ
/185ページ
次へ
モーテル『蒼月』は、わずかな街灯と月明かりの中で、いつもと同じように沈黙していた。 優馬の青い自転車を茂みの中で見つけた瞬間、草太の心臓はぐっと軋んだが、信夫のバイクがどこにも見当たらない事に少しだけ安堵した。 間に合ったのか、それとも自分の馬鹿げた早とちりだったのか。 裏口のチェーンが外されており、中に優馬が居ることは確かだったが、信夫と結びつけたのは考えすぎだったのかもしれない。 ……そう思おうとした。 けれど、心の底では全く納得などしていなかった。 あの奇妙な優馬の返信メールは確かに存在するのだ。 信夫が関わっていないはず、なかった。 建物の中に入り込んで暗い通路を少し進むと、その嫌な予感は確信に変わった。 微かに異臭がする。はっきりとは分からなかったが、なにかが焦げるような匂い。 開け放たれたドアの向こうに目を向けると、ロビーの方で、懐中電灯のような光がちらりと動いた。 草太は暗闇の中を矢のように走り、そして走りながらやはり先ほどの判断は甘かったことを確信した。 バイクがない事と、信夫がここに居ないことがイコールになるはずがない。 何か、やましい事をしでかそうとする人間が、その場に車やバイクで乗り付けるはずはないのだ。 ロビーに駆け込むとすぐに、階段を下りて来る足音が微かに聞こえた。 草太は闇に溶け込んでいる木製の階段に飛びついた。 胃が捩じ切れるような不安と恐怖を必死に堪え、暗い階段を駆け上がって行ったが、踊り場の所で早くもその光源と鉢合わせることになった。 懐中電灯の鋭い光が草太を無遠慮に照らし、そしてその照らした本人の第一声が草太を絶望させた。 そこに一番居てほしくない男のものだった。 「草太……、なんでお前が」 「ノブさん、あんた何してんだよ! 優馬は? 優馬はどうしたんだよ。いるんだろ? なあ!!」 逆光で表情の見えない相手に、喉が裂けるほど声を張り上げて叫んだ。 ここで問いただしたい気持ちと、早く優馬を探しに行きたい気持ちとがせめぎ合い、気が狂いそうだった。
/185ページ

最初のコメントを投稿しよう!

142人が本棚に入れています
本棚に追加