第29話 闇と焔(ほむら)と

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何かが燃える匂いが階段を上がるにつれ濃くなり、草太の鼻を刺激した。 気の狂いそうな程の不安を押し殺し、窓から入る月明かりだけを頼りに3階まで駆け上がった。 3階の部屋はほとんど施錠がしてある。優馬が居るとすればあの絵があった右端の部屋に違いない。 けれど3階に駆け上がり、右端にあるその部屋の方を見た草太の心臓が跳ね上がった。 床面とドアの隙間から、わずかに漏れ出す白い煙が見えた。 優馬の名を叫びながら、飛びつくようにしてその部屋のドアを引き開けると、ドアの下は不自然な形で炎が広がっていた。 ドアを開けたことで炎が勢いを増し、熱風が草太に襲い掛かってきたが、かまわず目を凝らすと、部屋の中ほどまでは炎が回っておらず、窓際のベッドの足元に倒れている優馬の姿が目に入った。 床を這う炎を飛び越えて駆け寄り、その肩をゆすると、優馬はわずかに目を開けて草太を見上げた。 状況を飲み込めていないように朦朧としたその顔の右頬は、額から流れた血で染まっている。 安堵よりも先に叫びたいほどの衝撃が胸をえぐり、狂ったあの同居人への怒りで気が狂いそうだった。 「もう大丈夫。大丈夫だから」 そう繰り返しながらその体を抱え起こそうとしたが、獣の断末魔の様な悲痛な声をあげた優馬に、草太は硬直した。 頭以外にも怪我をしてるのかと訊いても、優馬は声もなく脇腹を抱え込み喘ぐだけだった。 炎はその間も2人に容赦なく熱を放射し、勢いを緩める気配もない。 ドア付近の炎は壁紙を伝い天井まで上ろうとしている。 出口をふさがれたら終わりだ。 体からの出血がないことを確認した後、優馬の腕を自分の肩に回し、その体を無理やり担ぎ起こして背負った。 「痛いけど我慢して。こっから出るまで」 声を殺して頷いた優馬にわずかにほっとし、手に届く場所にあったベッドのシーツを引きはがしてドアに向かう。 優馬を落とさないように支え、ドアの下に広がる炎の海を叩き消しながら、なんとか草太は部屋を飛び出した。
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