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暗い廊下に出ると、安堵で一気に体が弛緩しかけたが、思った以上に廊下には煙が充満している。
急がなければ。
草太はふたたび気持ちを奮い立たせて階段の方へ足を速めた。
揺れるたびに小さく呻く優馬に、草太の心臓が軋む。
頬に触れる優馬の髪から、濃厚な血の匂いがした。
「優馬、大丈夫だから。ここを下りればもう……」
けれどそのあとの言葉は続かなかった。
さっきまで炎の気配など無かった階段下から、炎の揺らぎが見えたのだ。
覗き込むと、炎は階段を伝って2階のフロアのカーペットに燃え移り、更に触手を上に延ばそうとしている。
逃げ道を絶たれたのだ。
「くそっ! あいつ……!」
絶望が体を貫いた。
なぜ思い至らなかったのだろう。優馬を助けに行った自分を、信夫が見逃すはずがないではないか。
それとも、信夫が自分に手を出すことなどありえないと、心のどこかで過信していたのだろうか。
ここ数日、自分が信夫に投げつけたいくつもの暴言。
もしも自分があの男の狂気に火をつけてしまったのだとしたら……。
足元から崩れ落ちそうになるのを、手すりをつかんで必死にこらえた。
「草太……」
背中で消え入りそうな声を出した優馬が、そのあと小さく咳き込んだ。
煙が濃くなっている。
「大丈夫、平気。心配いらないから。まだ…………。そうだ、あの部屋がある!」
あの部屋には鍵がかかっていない!!
ボンと階下で何かが熱で爆ぜた。
それを合図に草太は優馬を背負ったまま、廊下の反対側の端に向かって走った。
もう一つの、鍵のかかっていない部屋。あそこへ行こう。
閉じ込められていた小鳥を空へ逃がしてやった、
あの部屋へ。
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