第4話 知らない顔

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放課後、教室を出たところで待っていた草太が目だけで優馬を促した。 ついて来いよ、と。 いつになく威圧的な視線に、優馬はドキリとした。 ほとんど会話もないままに黙々と歩いて行く草太を、優馬も無言で追う。 自宅がある方向ではあるが、その道は通学路から外れた旧国道だった。 怒っているわけでも、ドッキリをしかけようとしているわけでもなさそうな草太を、ただザワザワした気持ちで追った。 30分は歩いただろうか。民家の途切れた寂しい場所で草太は急に立ち止まった。 「え。ここ?」 黒々とした建物を見上げて優馬が訊くと、草太は無言で頷いた。 草太が案内したのは、優馬たちが生まれる前からすでに廃屋になっている、3階建ての洋館だった。 多分もう60年以上はここに佇んでいるのだろう。 『蒼月』という和風の名が書かれた木の看板が正面に張り付いているが、地域の住人はみんなそこを『モーテル』と呼んだ。 簡易宿泊所という意味でもあるが、この地域の大人たちの言うモーテルの意味は、微妙に違っていた。 繁華街と住宅地の間の、雑木林の中ほどに隠れるように建てられたその木造の洋館は、今でいうラブホテルとして利用されていたらしい。 一応正面の扉にチェーンが巻き付けられていたが、その気になればどこからでも侵入は可能で、小学校の時も、割れたガラス窓から入り込み、うっかり見つかって先生にこってり油を絞られた上級生が何人もいたのを優馬は覚えている。 子供の安全を気遣う大人からしたら、迷惑な廃屋だったに違いない。 草太は、とうの昔に沈黙したその古い建物を無言で見上げている。 「ここに何があるの?」 せっつく様に優馬は問いかける。少しの間があった。 「鳥がいたんだ」 「鳥?」 草太はまた無言で頷く。普段の草太とは別人のような、ぼんやりしたしゃべり方だ。 「見せたいものって、鳥なの?」 「ちがう」 けれどもしかしたら、これも本来の草太なのかもしれない。優馬がまだ知らない、草太。 優馬は辛抱強く、その先の言葉を待った。
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