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「菜々美はいいね。最高だよ。ああ、どうしてもっと早くに出会わなかったろう」
「私がもっと幼かったら良かった?」
「そういう意味じゃないよ」
「そういう意味でもいいよ。私、先生の事ちっとも変だと思わない。さっきのおばさんが誤解してるようなことなんて、何もない。先生は器じゃなく、私の中身を好きになってくれたんでしょ? 先生が成熟してない子に惹かれるのはきっと、その中身がまだ腐ってないからなのよね。そう思っていいのよね。私の魂が先生と出会ったの。この体じゃなく。
親にだって可愛がってもらえなかった私を、先生はとても大切にしてくれた。友達同士じゃ絶対に出来ない深い話が、たくさんできた。私、この1年でどれだけ先生に救われたか分かんない。先生が居なかったらどうなってたか分からない。だから私ね、先生と離れるのが嫌なの」
冷静に話しているつもりだったのに、涙が出た。
忠彦が、静かにじっとこちらを見てくれているのが、苦しくて、そして嬉しかった。
「先生と、ずっと一緒に居る」
りんごが手から滑り落ち、菜々美の手の中に、ナイフだけが残された。
「菜々美?」
「先生に、ついて行きたいな」
***
カチャリと軽い音がして、ドアノブが回った。
草太は安堵し、優馬を背負ったまま部屋に飛び込むと、すぐにドアを閉め、大きく深呼吸した。
その部屋の中にはまだ煙は入り込んでおらず、やっと生きた心地を取り戻せた。
さっきの部屋とは違い、この部屋にはベッドも調度品も何もなく、ガランとしていた。
二つある窓から差し込む月光がくっきりと床に投影され、12畳ほどの空間を蒼白く浮かび上がらせている。
それはこんな状況にもかかわらず、草太の胸に染み込むほど印象的な光景だった。
「月が」
背中で小さく優馬がつぶやく。
草太がゆっくり慎重にその体を窓よりの床におろすと、優馬は今度はなんとかその体を両腕で支え、自力で座り込んだ。
今度倒れ込んだらもう二度と起き上がれないとでも思っているように。
「優馬。心配しなくていい。ここなら少しは時間稼げるから」
草太は言いながら自分の服のポケットを探った。
一刻も早く助けを呼ばなければ。そして信夫の犯行を警察に知らせ、母親の京子に事実を伝えるのだ。
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