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けれど、手には何も触れなかった。
携帯を確かに掴んで家を出たはずなのに。
ドクンと心臓が嫌な音を立てた。
信夫に掴まれて脱ぎ捨てた上着のポケットだ!
喉の奥で自分の失態を呪いながら咄嗟に優馬の肩に手を置いた。
「優馬、携帯は?」
けれど優馬は悔しそうに首を横に振るだけだった。
―――奪われたのか。
目の前が歪むほどの怒りと絶望に、草太は言葉もなく拳を床に叩き付けたが、そんなことで事態が好転するはずもなかった。
どうにかしなければ。心臓の鼓動が病的に早まる。
今度は窓に飛びつくと、木製の上げ下げ窓を思いきり押し上げて外を覗いた。
こちらの部屋は道路に面しているが、バイパスができてからこの前の道は交通量が極端に少ない。
おまけに前面には駐車場スペースがあるため、道路から奥まっており、伸び放題の庭木の枝で客室はほぼ隠されている。
草太が居る場所から、道路の様子は見えなかった。
試しに叫んでみた声は、ただむなしく闇に吸い込まれて消えていく。
窓の下を覗き込んだが地面は遙か遠く、針山のような枯れた植込みが見えるだけだった。
不安に崩れ落ちそうになる体を支えると、窓わくに置いた指先が、赤く染まっているのに気づいた。
優馬の血だ。
ハッとして振り返ると、うつろな目で窓の外の月を見上げていた優馬が、草太にゆっくり視線を戻した。
胸元まで赤黒く染まっている。
窓から離れ、草太はその横に跪くと肩を抱く様に支えた。
「優馬、優馬ごめん。ごめんな。まさかこんなこと……あいつが……」
「思い出したんだ、草太」
泣き出す寸前のところを、優馬の静かな声がすくいあげるように止めた。
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