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「え…」
「1週間前……あの日、信夫さんを見てたのに、自分で記憶を消そうとした。それを やっと思い出せた」
「優馬」
「忘れてしまおうと、自分で思ったんだ。ちゃんとしてたら、岸田先輩も死なずに済んだかもしれない。でもあの時、僕、逃げた。見たもの全部、見なかったことにしたくて」
「放火のことだな。あいつが放火してるのを見たんだな優馬。でもなんで……」
優馬は草太の問いかけにわずかに顔を歪めた。体の苦痛のせいもあるのかもしれない。
喋らせないほうがいいのだと分かっていたが、それだけは訊かずにいられなかった。
「草太が、悲しむと思った。草太の家族なのに」
その答えに体がカッと熱くなった。
「あんな奴家族なんかじゃねぇよ!」
「ごめん、僕が」
「優馬に怒ってんじゃない!」
「僕が 臆病で 卑怯だから」
優馬の、消え入りそうだが精いっぱいの叫びは、その体を支えている草太の胸を軋ませた。
肩で息をしながら、優馬は必死に何かを吐き出そうとしているように見えた。
「見たくないものから、いつも逃げてきたんだ。目を背けてきた。僕のせいで、岸田先輩も死んだし、……きっと、全部……」
「優馬のせいなんかじゃないだろ! もういい、分かったから喋るのやめろ!」
優馬を支える手に力を込めてそう叫ぶと、優馬は蒼白な表情のまま少しだけ肩の力を緩めた。
額の血は止まっているようだったが、わき腹あたりに損傷を負っているのは感覚として分かった。
けれどどうしてやることもできず、その焦りと無力感に、草太は押しつぶされそうだった。
「優馬はきっと誰かのために咄嗟に記憶を消してしまうんだ。卑怯だからじゃない。間違ってるとか、そうじゃないとか関係ない。それが優馬だし。
それに卑怯だったり弱いところがあったっていいじゃん。俺、そんなこと全部ひっくるめて優馬が好きなんだ。いいか、この結果は優馬のせいじゃない。悪いのは全部あの男なんだ。俺、あんな奴に負けたくない。優馬を、絶対にここから助け出すから!」
言葉を吐き出すごとに突き上げてくる怒りが体中の血を沸き立たせ、草太は勢いよく立ち上がった。
そうだ。こんなところで打ちひしがれてる場合じゃない。
「絶対ここから逃げ出してあいつぶっ殺す!」
叫んだのと同時に、足元にうずくまった優馬が小さく咳き込んだ。
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