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辺りを見回すと、ドアの隙間から白い煙が入り込んでくるのが見えた。
声をあげて叫びそうになったのを草太はぐっとこらえる。
優馬をこれ以上怯えさせるわけにはいかない。
草太は2か所ある窓をどちらも限界まで押し上げた後、一縷の望みをかけて、闇に沈む旧国道に向かって再び大声で助けを求めた。
5回、6回叫んだが、その声はやはり空しく闇に呑まれて消えていく。
再び優馬が咳き込み始めた。
痛まないようにそっとその体を抱えて全開の窓の下まで連れていったあと、草太は跳ねるように走り、部屋の隅々、浴室やトイレまで覗きこみ、布製のものが無いか探し回った。
けれど紙屑ひとつ落ちていない。
さっきのベッドカバーを持って来なかったことを悔やみながら長袖Tシャツを脱ぎ、肌シャツ一枚になりながら、それでドアの下のわずかな隙間を塞ぐ。
隙間はそこだけではなかったが、少しは時間を稼げるかもしれない、と。
けれど時間を稼げるだけで、何ら策はなかった。
焦りがじわじわと草太の平常心を奪っていく。
「菜々美の絵はね、もうここにはなかった。 もう、持って行っちゃったんだ。あの絵、……ちゃんと処分してもらえるといいけど」
まるでうわ言のように、優馬が小さな声でつぶやく。
「あんな絵どうでもいいよ。そんなこと忘れろ。大丈夫、絶対ここから出られるから。何か方法はあるから」
あんな絵を見せなければよかった。
優馬を災厄に導いたのがすべて自分の責任の様に感じられ、焦りと後悔に押しつぶされそうだった。
草太はふたたび窓から体を乗り出す。 何としてでも優馬を助けなければ、と。
暗闇に慣れた目で改めて壁面を見たが、足をかけられそうな窓枠もベランダもない。
部屋の中には浴室も含め、ロープになりそうなものは一切見当たらず、優馬を背負ったままここからの脱出は不可能に思えた。
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