142人が本棚に入れています
本棚に追加
階下で再び何かが割れる音がした。
ドアの上下の隙間からは、明らかにさっきよりも濃い煙がじわじわと入り込んでいて、もう防ぎようもない。
額から汗が流れた。
室温がわずかに上昇しているのだと気づくと、それだけで気が変になりそうだった。
悔しさと絶望で叫びそうになるのを堪え、草太は窓枠に手を掛けたままギュッと目を閉じた。
その時。不意に何かを思いついたかのように、優馬が小さく声を漏らした。
振り向くと、普段と同じ穏やかな表情で草太を見上げている。
「草太、飛べる?」
その声は場違いなほど軽やかで、草太の崩壊寸前の心をふっと掬い上げた。
「え?」
「そこから、飛べる?」と、もう一度問いかけてくる優馬の目は月の光を映し、まるで希望に満ちた人間のそれのように輝いていた。
冗談を言っているとは、なぜか思えなかった。
ドアの外で再びガラスの割れる音が響き、地の底から湧き出るような振動が床から伝わってくる。
もう時間がないのは紛れもない事実だった。
草太はもう一度窓を振り返る。
逃げ道があるとすれば、やはりここ以外には考えられない。
窓の下にはつつじのような枯れた低木が、範囲は狭いが地面を覆っている。
飛べるだろうか。この3階の窓から。
無意識に握りしめた拳が汗ばんで震える。
けれど思い悩んでいる時間も、他の選択肢も残されていなかった。
最初のコメントを投稿しよう!