第31話  指先に触れるもの

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「分かった。俺が先に飛び降りるから」 自分を奮い立たせるように草太はしっかりした口調で言った。 「無事に降りれたら、ちょっと下でマット敷いたり準備するけど、その間煙吸わないように服で口を抑えとけ。 OKって言ったらすぐに飛び降りろ。いいな、絶対に来いよ! 窓枠、一人で乗り越えられるか? 怖いとか言ってる場合じゃないぞ」 「うん、大丈夫。ほら」 優馬はゆっくりではあるが自力で立ち上がり、草太の寄りかかっている窓際まで歩いた。 そして蒼白い顔のまま、無理して笑顔を作ってくれた。 「よし、上出来」 窓枠に飛び乗り、最後に振り返って優馬の方に手を伸ばす。 きゅっと握ってきた優馬の手に、確かな温かさを感じた。 必ず助けるから。 心の中でそう叫び、大きく息を吸い込んで気合いを入れる。 「合図したら絶対に来いよ。死んだって受け止めるから。いいな!」 もう一度念を押したあと草太は前を向き、窓枠を蹴って宙を飛んだ。 目の端に刹那映り込んだ月があまりにも眩しくて目がくらみ、足元に広がる地上が漆黒の闇に飲み込まれた。 ――――自分は何か、取り返しのつかない選択ミスをしたのではないか。 そんな気がしたが、それも地上に落ちるまでのほんの一瞬のことだった。           *** もどかしいほどすぐ傍に、真実があった。 たぶん折れてしまっているだろう肋骨の痛みよりも、優馬はその誘惑に捉えられて、もう一歩も動けなくなった。 --- 絶対に来いよ 。死んだって受け止めるから。 草太の力強い声が耳の奥に残っていて、ジワリと胸が温かくなってくる。  けれど、まだ行くわけにはいかなかった。やることがある。 何より自分の体は3階から落ちたらもう助からない気がした。 草太は小さな頃から身軽で身体能力に長けている。飛び降りてもきっとなんとか助かってくれるはずだと信じていた。 目の前で、白いシャツの残像が静かに地上に向かって飛んだ。 窓枠にしがみ付き、霞む目を凝らして見守る。 バネのあるツツジの茂みに落ち、自分の体の無事を確認する時間も惜しむように、すぐさま裏口の方に走って行った草太の影を見届けた後、優馬は力尽きる様にゆっくり床に転がった。
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