第4話 知らない顔

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草太はそういえば、自分の事は多くを語らない友人だった。 直の時だけでなく、優馬の父親が事故で死んでしまった時も、「同じ母子家庭になっちゃったよな」と、彼なりの言葉で慰めてくれた草太だったが、彼が何を悩み、何に腹を立てて何に傷つくのか、そういえば優馬から踏み込んで知ろうとしたことは、一度も無かったかもしれない。 気づけば傍にいて、当たり前のようにじゃれあっていた。もう草太の事は、なんでも知っているのだと思っていた。 けれど今日の草太の顔は、知らない顔だった。 「3階のあの部屋だよ」 草太はようやく高い窓を見上げながら話し始めた。優馬も同じように見上げる。 「鳥がさぁ、あの部屋の中に入り込んでて、何度も内側から体当たりしてたんだ。オレンジと黒のきれいな奴で、ここからでも良く見えた」 「いつ?」 「3日前」 「3日前の話なの?」 「うん。放っておこうと思ったんだ。勝手に入っちゃいけないだろうと思ったし。でも、何度も何度もぶつかるんだ。パシンパシンって音が、ここまで聞こえてきて、なんか自分が痛くなってきて」 埃でほんの少し曇った窓ガラスに、一瞬、体当たりする鳥の幻影が見えた。 「きっとすごく出たくて堪らないんだと思ったんだ。死んだって、あそこから逃げ出したいんだろうなって思ったら、何だか見捨てていけなくなってさ。助けてやった」 「え? 入ったの?」 「うん」 「なんだ、今から助けに行こうって誘われるのかと思った」 笑いが似合わないような間合いだったが、優馬は笑ってみた。 笑ってその妙な空気を立て直そうとしてみた。 けれど草太はくすりとも笑わず窓を見上げたままだ。 少し呼吸が苦しくなった。 『死んだって あそこから逃げ出したい』という言葉がなぜか、優馬の中の何かと重なった。 暴れる鳥が、優馬の中にもいるような気がした。 そして、横にいる草太の中にも。訳もなくそんな気がして、少し怖くなった。 「行こう、優馬。あの部屋に」 「え? なんで? 鳥はもう逃がしてやったんだろ?」 「うん。鳥は逃がした。……でも、その部屋で、別のものを見つけたんだ」 「別のもの? 何?」 「だからそれを優馬に見てもらおうと思って」
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