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そのまま目を見開いて、煙の薄く漂う暗い壁を見つめる。
頭の隅の微かな一点から、もぞもぞと湧き上がるものが確かにある。
さざ波の様に押しては引く。手を伸ばすと崩れ去ってしまう、おぼろげで不確かなもの。
記憶が覚醒しようとしているのだ。
頭を殴られたせいなのか、炎に炙られたショックからなのか。
けれどそれは今を逃すと再び何重もの扉の奥底にしまい込まれ、もう二度とその尾を掴めないような気がした。
転がったまま闇の一点を見つめる。
床面に密着した頭に、ゴウと唸る炎の振動が伝わってきた。
煙の臭いが鼻を刺す。
草太の言葉を思い出し、シャツの袖口を伸ばして口と鼻を覆い、マスク代わりにした。
どこかで再びガラスが割れる音がした。室温が上がっている。もうすぐこの部屋も、燃えてしまうのだろう。
けれど優馬は不思議と気持ちがシンと鎮まるのを感じた。
興奮と恐怖が何かに抑え込まれている。
その一方で、じわじわと体の奥から染み出してくる感覚があった。
浅く呼吸し、意識を集中させる。
“それ”はもどかしいほど、すぐそばに来ているのだ。
胸が締め付けられるような不安と切なさとが優馬を包み込んだ。
思い出せ。8歳のあの日。 確かうだるような暑い夏の日だ。
この命と引き換えにしたっていい。真実を知りたい。
あの日、自分が罪を犯してしまったのかどうか。
それを知るまで、もう自分はどこへも行けないのだ。
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