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「僕は……そうだな。菜々美と出会ってから、とても幸せだな」
「ほんと? 本当に?」
「こんなどうしようもない自分がこんなに幸せで、いつかバチが当たるんじゃないかと思ってよ。……だからほら、こんな病気になったんだって、諦めてる」
「怒るよ」
忠彦は、ははっと小さく笑って続けた。
「だけどさっきのは冗談だって言ってくれないと、今までの幸せが全部消えてしまう。馬鹿な事はしないよね」
菜々美は無言でじっと忠彦を見つめ、微かに頷いて見せた。
忠彦は心底ほっとしたように胸を押さえ、微笑んだ。
「寿命が縮まったよ、本当に」
「いやな言い方」
「ごめん。でも、本当言うとね」
「なあに? 先生はめったに本当の気持ち言わないから、ちゃんと聞きたい」
忠彦は菜々美がそう言って覗き込むと、可笑しそうに笑った。
「さっきね、驚いたと同時に少しだけ嬉しかったんだ。一緒に行きたいって言ってくれたこと。とんでもないことだし、絶対にしてほしくないのに、その気持ちがものすごくうれしくてね」
戸惑いながらそう言った忠彦の横に、菜々美は寄り添うように座る。
「ずっと一緒に居るよ。先生ずっと寂しかったもんね。嘘ばっかりついてさ。だから私には嘘つかなくていいよ。私ずっと傍にいるから。
勉強ならここでだってできるし、学校の方は松宮先生に共犯になってもらうし、家は有難いことに放任だし。先生が私の居場所になってくれたように、私も先生の『幸せ』になりたいから。最後の最後まで一緒に居る。ねえいいでしょ?
残念だけど、こればっかりはもう変更できないから。さっき先生のお願い一つ、聞いちゃったから。あれでおしまい」
そう言って忠彦の頭を抱え込むようにして抱きしめた。
62歳の男は息を呑むように体をこわばらせた後、菜々美の腕の中で声を殺して泣いた。
その涙は菜々美の胸にも染み込み、じんわりと共鳴して満たされていく。
胸の奥底で何かが疼く。今まで使っていなかった不思議な感覚だ。
もしかしたら自分は他の誰かを幸せにできる存在になれるのかもしれないと、気づいた瞬間だった。
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