第31話  指先に触れるもの

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肩を震わせて泣く忠彦の頭を抱く一方で、菜々美の片手は、携帯を掴んでいた。 さっきちらりと確認しただけの、優馬からのメールを改めて開いてみる。 胸に忠彦の涙を感じながらその視線は、優馬が綴った、ほんの数行の文字を見つめる。 《 お願いだから、自分を大事にしてほしい。》 携帯を静かに閉じ、菜々美は窓に視線を向けた。 カーテンを引いたので外は見えなかったが、代わりにあの丸い月が胸の中に、鮮やかな光を纏って浮かんだ。 その中に、小さなうさぎがコロンと横たわる。 それは次第にあの幼馴染の少年に変わり、菜々美は知らず知らずに口元を緩めた。 ---天使でなくてもいい。私は生きていく。自分の役目が分かったから。ちゃんと生きていけるよ、優馬。 腕の中で静かに泣く男の体温を感じながら、菜々美はここには居ない、心優しい幼なじみに微笑んだ。            *** 真っ暗い壁の中に、確かな波動を感じた。 きっとこれなのだと優馬は思った。 手を伸ばそうとしたが、すでに体は鉛の様に重くて指先しか動かない。 暗すぎて、まだ目がちゃんと見えているのかどうかも分からなかった。 けれど優馬は必死に心の奥の触手を伸ばし、波動の中でほの白く浮かんだ“それ”に触れてみた。 痛みと苦しみをたっぷりと含んだ、柔らかな肌の感触が、そこにある。 おいで。戻っておいで。  あの夏の日、この手に触れた幼児の汗。心音。息遣い。  その先にあったものが 見たい。
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