エピローグ:そして続く深い森

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優馬の母親が、朝いちばんの配達員からその水色の封筒を受け取るのを見たのは、本当に偶然だった。 ひそやかで神聖なシーンを覗き見てしまった気がして、草太は動揺し、気づかれないように木戸家の前を迂回して、自宅への道をたどった。 “その時期”を意識しながらの帰省だったこともあり、確率的に有りえないわけではなかったが、やはりその偶然に神がかり的な奇跡を感じた。 この春、社会人となったのを機に一人暮らしを始めてから、半年ぶりの帰省だった。 相変わらずあの古いマンションに住んでいる母親の京子は、やはり相変わらず小さなバーのママを続けている。 懲役をくらっている信夫についてはもう互いに語ることもないが、あの事件のあと、床にひれ伏す様に泣き崩れ、詫びてきた母親の姿が今も苦々しく記憶にとどまって、消えない。 ―――そうか。あれから10年が経ったのだ。 青くて世間知らずで無鉄砲な、でもひたすら一途に純粋に、人を愛せたあの日々から。 草太は改めて思い、切なく息を吐いた。 自分の家にも今頃、あの封筒が届いているのかもしれないと、少し足を速めながら想いを巡らせた。 届いたら読んでもいいと、母親の京子には言ってあった。 カミングアウトを匂わせることを書いたような気がするが、今なら京子に、ずっと隠してきた自分の性についての深い話ができるかもしれない。 初恋は叶わなかったのだと言ったら、彼女はきっと泣いてくれるだろうと、草太は思った。 優馬の継母、紀美子はあの手紙を読むだろうか。 10年前の事件の後、担任の松宮はその宛名を紀美子に変えて送ることに決めたらしい。 優馬は怒るかもしれないが、そうしたいと言った。 彼女は躊躇うだろうが、草太も紀美子に読んでほしくて仕方なかった。 「開けて読んでやってください。言葉で直接伝えられなかった優馬の本当の想いが、そこにあるはずだから」 もう一度引き返してそう伝えようかとも思ったが、余計なことかもしれないと思いとどまった。
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