第5話 侵入と誓約の先に

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裏口のドアに張り巡らせてあったチェーンは、草太が言った通り簡単に外すことができた。 草太の後に続き、優馬も恐る恐る入ってみる。屋内は埃っぽい匂いがし、薄暗くひんやりしていた。 従業員が使っていたらしい入口近くの部屋には、まるで倉庫のように雑多なものが詰め込まれていたが、細い通路の向こうの扉を開けてロビーに入ると、夕暮れの柔らかな光がそこには満ちていて、優馬は少しほっとした。 部屋の隅に積み上げられていた椅子やテーブルが、退廃的な物悲しさを放っていたが、フロントカウンターや木製の階段の手すりはとても優美な曲線を描いていて、きっと磨けば美しく光り出すだろうと思われた。 たくさんの人がここを訪れ、ここで寝泊まりしたのだ。 壁に貼られたままの古い映画のポスターや、注意書き、傷、シミ。ただ宿泊していった人、別の目的で恋人と訪れた人。 過ぎ去った時間と、自分の知らない過去の人たちの体温や思念を強く感じて、腹のあたりがゾワリとした。 「3階に行こう」 立ち止まってあたりを見回していた優馬の手を一瞬ぐっと掴み、草太が言った。 けれど手はすぐに離れ、もう振り向きもせずにその背中は木製の階段を上がっていく。優馬は無言で後を追った。 「鳥が入り込んだ部屋は、廊下側のドアが開けっ放しになってたから、すぐに分かった。その部屋はさ、ベッドも何もなくてきれいだったよ」 振り向かずに草太が言った。 「その部屋に行くの? 何もないのに?」 「その部屋じゃないよ。鳥を逃がしたあと、ほかの部屋はどうなってるのかなって気になって覗いてみたんだ。ほとんどが外からカギが掛かってた。でも、反対側の端っこだけ、開いていたんだ。その部屋は、ベッドもソファも全くそのまま残されてた。少し前まで誰かが使ってたみたいに」 「へえ……。誰かが使ってたのかな」 そう返事をしながら、ちょっとばかり優馬は不快な気分になった。 ベッドを使うという言葉が、この建物の中では少し隠微な想像をさせる。
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