第5話 侵入と誓約の先に

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「それで、見せたいものって何」 「来れば分かるよ」 各フロアには両サイドに合わせて8部屋ほどあるらしい。 3階まで上り詰めた草太は右に折れ、さっき言った通り突き当りの部屋まで足早に歩いた。 厚みのある臙脂色のカーペットは靴音をすべて飲み込んでしまい、耳が痛いほどの静寂だった。 突き当り左側。 301のプレートの掛かった部屋の前で立ち止まった草太は、ためらいなく真鍮のドアノブを回して、部屋の中に入って行った。建物の裏側の、雑木林に面した部屋だ。優馬も慌てて後を追う。 そういう行為をする場所なのだ、という思いがどこかにあったためか、少し躊躇したが、見渡してほっとした。部屋の中は、本当にごく普通の寝室だった。 12畳くらいだろうか。ベッドは一つきりだったので、ガランとした印象を受ける。 窓ガラスに少しひびが入っていて、放置された年月は感じるが、草太の言った通りベッドもソファも埃をかぶってはいなくて、薄い肌掛布団の緩い皺が、さっきまで誰かを包んでいたかのような想像をさせる。 「誰か、使ってたのかな」 「かもね。俺たちみたいに入り込んできた奴が、寝泊まりしてたって不思議じゃないし」 「気持ち悪いね」 「セックスが?」 「……勝手に入り込んで使うことが、だよ」 あからさまなその言葉に優馬はドキリとした。今まで草太がそんな話題を振ってきたことはなかったし、そんな冷ややかな言い方をしたことも無かった。 「……草太が見せたいものって、これ?」 「まさか」 草太はやはりそっけなく言い、ベッドの足元のクローゼットに立てかけてあった、大きな額のようなものに手を触れた。 部屋に入った時からそれには気づいていた。たぶん油絵なのだろう。 額に入っていないむき出しのキャンバスも数枚あった。 「見せたかったのは、この絵の中の1枚」 「油絵?」 「うん」 草太は立て掛けてあった額を手前に倒し、優馬に一枚一枚見せながら、ゆっくり捲った。 どれもきれいな静物画だ。 「なんとなく三日前もこうやって覗いてみてたんだ。どれも普通の花瓶とか花とかだったけど、一枚だけ、ヤバイのがあった。ちょっと信じられなかった」 「何? 何の絵?」 信じられないという言葉に惹かれた優馬が覗き込むと、草太は、額に入っていない最後の1枚を捲る前に手を止めた。
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