第6話 怒りと安堵

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諭すように静かに言った草太の言葉は、とても癪だったが、多分それが真実なのだと優馬にもわかっていた。 菜々美は小6の春にひどい虫垂炎を起こし、手術している。 『3センチも傷跡があるんだよ。やだなぁ』とボヤきながら、退院してきたのを覚えている。 まるでこれが菜々美であることを示すように、その絵の少女の下腹部には、まだ薄紅色をした指の先ほどの縫合痕があった。 優馬はもう耐えられなくなって、草太の手からキャンバスをもぎとると、元あった一番奥の隙間に絵を差し込んだ。 「何で僕にこの絵を見せたんだよ、草太」 腹立たしさはすぐに目の前の友人に向かった。 「ほら。だから見たあと後悔しないかって訊いたじゃないか」 「だけど!」 「やっぱり見せた俺を恨む? 内緒にしてたほうが良かった?」 草太は、無表情でそう訊いてきた。やはり本心が見えない。 「僕がもし、この絵を見つけたんなら、きっと内緒にしたと思う」 わざと怒ったように声を尖らせて言うと、優馬はくるりと背を向け、草太を残して部屋を出た。 自分が本当に怒っているのか、それともただ混乱しているだけなのか、優馬自身にも分からなかった。 後ろから、慌てて草太が追いかけてくる足音がした。 埃で白くなった木の階段を、半ば走るように1階まで降り、来た順路を通って裏口に向かう。 後ろから追いかけてきた草太が小さく「ごめん」と言ったが、それには反応せずに外に飛び出した。 一体なんで謝られているのかも分からない。 草太に何か非があるのかどうかも考える余裕がなかった。 ただ、その謝罪で、ほんの少しだけ冷静になることができた。 心を乱すしかない情けない自分を、草太の謝罪が許してくれるような気がした。 裏口を出ると、いくぶんひんやりとした空気が火照った優馬の体を包み込んだ。 立ち止まって息を吸う。 あとから外に出てきた草太が、そのドアに再びさびたチェーンを丁寧に巻き付けているのをじっと見つめる。 まるで悪魔の住む館を封印するかのように厳重なその作業を見ながら、優馬はやっと冷静な思考が戻ってくる安堵を感じた。 草太もきっと、どうしていいのか分からなかったのだろう。 ずっと友達として付き合ってきた菜々美のあんな絵を見つけてしまって、一人では抱えきれなかったのだろう。 いや、あるいは……。
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