第7話 視線

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死んだ母の姉である静子が、忠彦を嫌っているのは言葉尻からわかる。 多分、勘のいいあの人は気づいていたのだ。この忠彦の本性に。 自分の妹がとんでもない男に惚れ込み、嫁いでしまったのだと今でも悔やんでいるのかもしれない。 はたして母は生きている間に気づいたのだろうか。だとしたら気の毒でならないと松宮は思った。 「たった一人の肉親がかわいそうな病気だっていうのに、もう少し世話を焼いてくれてもいいだろう? この家は、お前の学校とマンションの中間にあるんだし。毎日寄ってくれたっていいんだぞ? それにどうせ、そんなに長い間世話をかけるわけじゃない」 「まあね」 医者からの告知をどう受け止めているのか、忠彦に訊いてみたこともないし、訊こうとも思わなかった。 我ながら冷たい息子だとも思うが、本人がこの調子で、感傷的にさせてもくれない。 そして何より、この父親を心底理解して寄り添おうとする勇気は松宮には無かった。 こんな病気でさえなかったら、できるだけ疎遠に暮らしたいと思っていた。 それが、本心だ。 「手。赤くなってるなぁ。そんなになるまで洗って、結局きれいになったのか?」 不意に忠彦が笑いながら訊いてきた。 松宮は少しムッとして顔を背ける。我ながら子供のような反応だと感じた。 「ちっとも変わらないな剛志は。その潔癖症の所。潔癖症は生きるのが辛いぞ」 面白そうにカラカラと笑う。 TVではやくざ同士の銃撃戦が始まっていた。 クライマックスだというのに、忠彦は「つまらん」とチャンネルを変える。 松宮は肩をすくめ、りんごを探しにキッチンへと向かった。 歩きながら自分の手に視線を落とす。 あの幼い肌のどこかに埋め込まれた朱色が、指の先からまだ消えない。
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