第8話 欠けた時間の存在

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翌朝。 どんな顔をして菜々美に会えばいいのか戸惑いながら登校した優馬だったが、学校はわずかにいつもと違う空気に包まれていた。 「何かあった?」 「あれ、優馬知らない? 昨日3年の岸田が死んだんだ。ヤバいかもって昨日言ってたろ」 後ろの席の高山が、ビッグニュースとばかりに早口で言った。 彼もまた岸田に良い感情を持っていなかったことが、その口ぶりでわかる。 優馬もそれは同じだったが、知っている人間の死は、やはりショックのほうが大きかった。 「……そう」 「でさあ、その放火したのが、この学校の生徒じゃないかって話があるんだ」 「まさか。放火かどうかもハッキリ分かってないんだろ?」 「放火だよ。ニュースとか見てないのか? 外に積んであった雑誌とかに火をつけて、わざわざ開いた窓から投げ込んだらしいぞ、犯人」 「それ、見てた人がいたの?」 「そこは現場検証ってやつで分かったみたいだけど。でもな、ちょうどその時刻に慌てて岸田の家のほうから逃げていく自転車の子供を見てた爺さんがいてさ。岸田の家を振り返りながらキョドって走って行ったんだって。顔も自転車の色もまるで覚えてないってところが、さすが年寄りだけど」 「へえ……。それもニュース?」 「これはバスケ部の先輩の情報。その爺さんと遠縁なんだって。ちょっと最近ボケ気味かもっておまけが付いてんだけど、なんかスゲェだろ。まだニュースにもなってない極秘情報だぜ」 高山は「本当に中学生だったらヤバイよな」と息巻くが、本当にヤバいと思ってる風には聞こえない。 高山だけでなく、教室中が何か妙な昂揚感で満たされていた。 決して岸田の死を喜んでいるわけでも、その放火という行為に賛同しているわけでもない。 ただ、非日常に触れてしまったときの素直な興奮なのだ。 それが優馬にも嫌というほど分かる。 ふいに優馬の脳裏に、岸田に背中を靴で小突かれ、階段を落ちてしまったあの日のことが蘇った。 不思議と腹立たしさはもう湧いて来ない。 代わりに、あの岸田はもうこの世に存在しないんだという無機質な事実だけが、奇妙な感覚として胸の奥に広がった。 あの目つきの悪い上級生の心臓はもう止まり、今度こそ本当にその体は親族によって焼かれてしまうのだ。 そう思うと、なんとも不思議な気がした。
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