第10話 月のうさぎ

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「先生、本当にこの手紙の中身、見ないんですか?」 優馬の隣の席の森田が言った。 「ああ見ないよ。罪の懺悔でも、いま森田が好きな子への想いでも何でも書くといい。内緒にしてやる」 「そんなん見る気満々じゃん」 珍しい松宮の冗談に、教室のあちこちから笑いが起こった。 「見ないよ。先生たちはそんなに暇じゃないから、心配しなくていい」 松宮の言葉に、やはり生徒たちは「見るよね」と笑い合っていたが、優馬はこの担任はそんなことをしないと感じた。 それは信頼とは少し違う。 たぶんそこまで生徒に興味を持っていないと思ったのだ。 これはただ、地方紙にも取り上げられたことのある、この学校の純然たる恒例行事なのだ。 それだけのこと。 正直、面倒だった。白紙で出してしまおうか。 うん、そうしようと思いながら、ちらりと窓際の菜々美のほうを見ると、もうすでにペンで落書きをしている。 そんな自由なところは昔から知っている菜々美らしくて、少しほっとした。 絵を描くのが好きで、菜々美のノートや教科書はいつも落書きでいっぱいだったのを思い出す。 けれど、右斜め前の草太を見た瞬間、ドキリとした。 まるで微動だにせず、じっと教壇の松宮を見ているのだ。頬の感じから、少しも笑っていないのがわかる。 結局そのままずっと草太は松宮を見つめていた。いや、睨んでいたと言った方がいいのかもしれない。 ホームルームが終わってやっと草太に視線を合わせた松宮が、困ったように眉を一つ、動かした。           ***
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