第11話 先生

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「いいね。菜々美に食べてもらえたら、こんなうれしいことはないよ。憧れるなあ。菜々美に食べられる自分」 トイレから出てきた“先生”は、思い出し笑いをしながら言った。 「先生って、やっぱり変よね。食べられたい願望があるの?」 「あるよ。ずっとカマキリに憧れてた。カマキリの雄は、交尾のあとメスに捕まって食べられちゃうことが多いんだ」 「それ、理科の時間先生から聞いた」 「ああ、そうか。でも見たことはないだろ? 頭から、バリバリ食べられる。すごくグロイんだけどね、自分の体が交尾した相手の養分になれるって思ったら、なんだかゾクゾクする」 “先生”はゆっくり窓辺に近づくと、少しだけ窓を開けた。 ぬるくて柔らかい風が流れ込み、どこからかキンモクセイが、微かに香った。 「じゃあ、しようか。先生」 菜々美が大きな声を出した。 「え、何を?」 「交尾」 「は?」 振り向いた“先生”の顔と声が、菜々美には可愛らしく思えた。 「しようよ交尾。そしたら私、先生を食べてあげる」 “先生”はそのまま固まっていたが、やがて可笑しそうに笑いだした。 「いいね。菜々美は最高だよ。ああ、……もっと早く出会ってたらな」 「早く出会ってるじゃない。ちっとも遅くなんかないよ」 言ってから菜々美は少し不安を感じた。 もしかしたら自分はもう成長しすぎているのだろうか。もっと幼い少女のほうが良かったのだろうか。 けれどそんなことを聞くわけにもいかない。 もしそうだとしたら、菜々美にはもう、どうすることもできない。 この体は無情にも日々育って行ってしまうのだから。 “先生”が幼い女の子にしか性的な感情を持てないタイプの人間だと言うことは、菜々美も知っていた。 ある時期に、彼自身が話してくれたのだ。 1年前、自然公園で偶然出会った時、自分に興味を持ち、愛してくれるようになったのはそのせいだろうと理解した。 “先生”が好いてくれるのは、このまだ生理も始まっていない未熟な体なのかもしれない、と。 だが切っ掛けは何だってよかった。 今ではもう、自分たちはお互いに尊重しあい、一緒にいることで満たされているのだから。 それを罪だと言われるなら、逆に何が本当の愛なのかが分かっていない大人たちを笑い、軽蔑してやろうと菜々美は思った。
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